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求人サイトに蔓延する違法な裁量労働制 行政のチェックは抜け穴だらけ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

裁量のない業務にも「適用」される裁量労働制

 裁量労働制に関する安倍首相による不適切データの使用が重大な問題となっている。裁量労働制を適用される労働者が、一般の労働者より労働時間が短いという議論は、裁量労働制の被害実態を多く見てきた立場からすれば、到底受け入れがたいものだ。

 裁量労働制は、実際の労働時間数にかかわらず一定の労働時間数だけ労働したものとみなす制度である。労働者は出退勤の時間や業務の進め方を自由に決めることができると同時に、労働時間ではなく仕事の成果で評価されるようになるため、仕事の効率が上がり、労働時間も短くなると説明されてきた。

 しかし、裁量労働制では、「自分の仕事が終わったら帰れる」一方で、「長く働いても給与は変わらない」ということになる。何時間働いても残業代が増えない、「定額働かせ放題」に陥るリスクが非常に高い。

 もちろん、裁量労働制には、こうした悪用を防ぐ制度的な担保がないわけではない。裁量労働制が適用される労働者は、専門性の高い19の業務(専門業務型裁量労働制)や、経営中枢に関わる業務(企画業務型裁量労働制)に携わっている労働者に限定されている。そして、その企業の業務内容を、労使協定(専門業務型)や労使委員会の決議(企画業務型)に明記し、労働基準監督署にあらかじめ届け出ることによって、本当に裁量があるかどうか、対象業務となるかどうか、労基署の事前チェックを得るという仕組みになっている。

 このように、裁量労働制の労働者は、仕事を行うに際して裁量を持っている労働者に限られており、労基署からもお墨付きを得ているから、自分で自由に労働時間を決めることができるというのが、制度的な建前の一つである。

 しかし、この「裁量のある業務」という建前が、現実には極めてずさんな運用をされていることは、残念ながらまだあまり注目されていない。それどころか、求人情報には違法な裁量労働制の案内が、そのまま垂れ流されているのが現状だ。

 そこで本記事では、裁量労働制が裁量のないはずの業務に違法に適用されている実態について、紹介していきたい。

ゲーム会社で働いていたら全員が裁量労働制?

 まずは、昨年秋に裁量労働制の問題を専門に受け付ける労働組合・裁量労働制ユニオンが解決した、スマートフォン向けゲーム制作会社で働いていたAさんの事件を紹介しよう。

 Aさんは、入社1ヶ月目から、勤怠記録にあるだけで70時間以上、約80時間の時間外労働をすることになってしまった。休憩もほとんど取れず、合計すると時間外労働が100時間を超える月もあったという。

 さらには、上司の指示を受けて朝8時まで徹夜での業務を余儀なくされたことや、イベント開催の直前には休日出勤することもあり、こうした長時間労働の結果、Aさんは病院で適応障害と診断されている。

 では、Aさんは裁量のある業務に従事していたのだろうか。

 ゲーム関連の業務については、厚労省の告示によって、「ゲーム用ソフトウェアの創作」にのみ裁量労働制が認められている。つまり開発以外の裁量労働制は禁止されている。

 ところが、Aさんの業務内容は、「ゲームの体験イベントの開催」や「ゲーム宣伝用のサイトおよびSNS運用」など宣伝業務が中心だった。これはもちろん、裁量労働制の対象業務ではない。しかし、同社は労基署の届出において、Aさんの業務を「ゲームの創作」とひとまとめにしており、労基署のチェックをかいくぐっていたのである(もちろん、ゲーム開発の業務であっても、実際には裁量がない場合もある)。

 (詳しくは以下の記事参照。なお、この事件は裁量労働制ユニオンの団体交渉の結果、会社に残業代に相当する金額の支払いを認めさせ、無事解決しているという)。

人気ゲーム会社「サイバード」の裁量労働制が無効に 明らかになった裁量労働制「歪曲」の危険性

ハローワークに見る違法な疑いのある裁量労働制

 上の件に限らず、裁量労働制が違法な業務に適用されているケースは非常に多い。そして、世間に公開されている求人情報には、すでにこうした「違法な内容」が記載されている

 実は、昨年春の職業安定法の改正に伴い、今年1月から新たに施行された厚労省の指針によって、裁量労働制を適用している企業が求人情報を出す場合には、そのことを公開することが義務付けられるようになった。その結果、企業は業務内容と裁量労働制の適用の有無を公開することになっている。

関連:裁量労働制で月給25万円以上はわずか1割! 低賃金でも「残業代ゼロ」

出版社の事例

 それでは、インターネットで公開されている求人情報を見てみよう。一つ目は、ある出版社のハローワーク求人票である。

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 このケースでは、みなし労働時間は8時間となっており、出版業界であることを理由に裁量労働制であるとしている。確かに、専門業型では、編集者やライターに裁量労働制の適用を認めている。問題は、適用の職種は「営業事務」だということだ。

 「営業事務」は、法律上の専門業務型裁量労働制の19業務の対象外であり、企画業務型にも該当しない。また、具体的な仕事の内容を見ても、裁量労働が適用できそうな内容ではない。

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 では、なぜ裁量労働制が「適用」できているのだろうか。それは、先ほど述べたように、労基署の「事前審査」が手薄なことに加え、「出版社だから」、「IT企業だから」、「ゲーム会社だから」、などと企業側が勝手に解釈し、周囲もそれをうのみにしてしまっていることが原因だと考えられる。

 それらの産業の「一部の業務」に適法に裁量労働制が適用されることをいいことに、全社的にどんな業務にも裁量労働制を「拡大」してしまっている。このようなケースは非常に多いのだ。

 そうした「拡大解釈」で適用されているケースでは、会社も、労基も、本人も、不適法であるにも関わらず、あたかも適法であると考えてしまい、ほとんど事件化することがない。そのため、労基のチェックをすり抜け、その後も問題にされず、求人情報にもそのまま垂れ流され続けているのである。

リクナビに見る違法な疑いのある裁量労働制

 次に、民間の求人サイトの状況はどうだろうか。例えば「リクナビ」では、2018年の採用情報の欄から裁量労働制の適用の有無が確認できる。そこで、次にリクナビの求人情報を確認してみよう。

 まずは、ある印刷関連の会社の募集要項だ。

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 「勤務時間」の項目を見ると、大学卒であることを条件に、全ての募集職種が裁量労働制の適用対象となるようだ。

 職種に関しては、「SE」(システムエンジニア)。専門業務型裁量労働制の対象業務となりえる(ただし、裁量がない場合もあるので、注意が必要だ)。

 「DTPオペレーター」も疑わしい。デザイナーであれば専門業務型裁量労働制の適用対象となるのだが、他人の考案したデータに基づくレイアウト業務は裁量労働制の対象とならない。DTPオペレーターの業務は、決まったデザインに基づいて素材を配置するだけのものもあり、裁量労働制が認められない可能性が高い。

 そして、「営業職」。これは明白に裁量労働制の適用対象外だ(現在国会で、裁量労働制の拡大対象として議論されてい)。なお、営業で裁量労働制が違法に「適用」されてしまっている実態については、残念ながら珍しいことではない。

 

参考:野村不動産だけじゃない! 営業で「裁量労働」「みなし労働」なら、残業代が請求できる

住宅メーカーの例

 最後に、ある住宅メーカーの募集要項を見てみよう。

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 「工務」は建築士の業務であれば裁量労働制の対象となる。「不動産営業」は、繰り返しになるが、裁量労働制は適用されない。

 極め付けは、その下の業務だ。「経理」。「経理」一般には裁量労働制は認められない。法的資格を有する「不動産鑑定士」や「税理士」には専門業務型が認められるが、この会社の募集要項を見る限り、そのような記載はどこにもない。

 どのように労基署のチェックをかいくぐったのか、理解に苦しむが、何かの誤記ということでもなさそうである。職種を分けた上で、はっきりと「裁量労働制適用」「みなし時間 1日9時間」と記載されている。

 「受付」も、いうまでもなくアウトだろう。

 ここまでくると、裁量労働制の実態は、「なんでもあり」という様相を呈している。しかし、字数の関係で多くを紹介できないが、このような求人情報は氷山の一角である。上記の事例も、インターネットでざっと検索した結果、出てきた事例にすぎない。

※なお、上記で紹介した企業については、あくまで求人情報から判断する限り、裁量労働制が違法に適用されている可能性が高いということであり、運用の実態を踏まえたときに、必ずしも労働基準法違反であるとは限らないので、ご注意されたい。

裁量労働制の拡大の前に、チェックの強化を

 労働基準監督署に届け出て、厳格な確認をされているはずの裁量労働制だが、実際にはそのチェックを巧妙にすり抜け、裁量労働制が禁止されている(=裁量がない)はずの業務にも「適用」されていることがお分かりいただけただろう。

 裁量労働制の拡大を議論する前に、労働基準監督署における裁量労働制のチェック強化はもちろん、ハローワークやリクナビ等の求人サイトにおいても、裁量労働制に対して内容の確認をすることが求められる。

 ただし、本記事でも繰り返してきたことだが、いくら裁量労働制の対象となる業務であったとしても、実際の業務中に「何時までにこの仕事をやって」などと労働時間の指示をされたり、過重なノルマや厳格な締め切りが定められていたり、労働時間が長時間になったりする場合は、実態として裁量がないということになり、違法だ。

 もし裁量労働制が「適用」されているはずなのに、対象でない業務をしている場合や、実態として裁量がない場合、そのことが証明できれば、裁量労働制が無効であるとして、残業代を請求することができる。

 簡単ではないが、証拠と専門家のサポートさえあれば、可能性はある。すでに裁量労働制で長時間労働に従事していたり、自分に裁量がないのではないかと疑問に思っている方がいれば、ぜひ専門家に相談してみてほしい。

裁量労働制を専門とした無料相談窓口

裁量労働制ユニオン

03-6804-7650

sairyo@bku.jp

http://bku.jp/sairyo

その他の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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