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「薄利多売」弁護士の弊害 アディーレ事件の裏側

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

過払い金返還や不払い残業代の請求を手掛ける弁護士法人大手「アディーレ法律事務所」(本店・東京)が不適切な宣伝を理由に消費者庁から行政処分を受けた問題で、全国複数の弁護士会が、同法人や代表の石丸幸人弁護士、複数の所属弁護士を「懲戒するか審査すべきだ」と議決した。

事の発端になったのは、アディーレが「過払い金返還請求の着手金を今から1カ月間、無料にする」などと期間限定キャンペーンのように宣伝しながら、実際は計5年近く継続的に実施していたという事実である。

「今だけ無料」で行政処分のアディーレ 代表弁護士らに「懲戒審査相当」(産経新聞 4月3日)

アディーレは弁護士事務所の中でも宣伝に力を入れており、TVやラジオで誰もが一度は耳にした覚えがあるだろう。インターネット検索でも最上位に表示される。これほど有名な法律事務所が、消費者を陥れるかのような問題を起こしていたことに驚いた人も多いのではないだろうか。

私はこの機会に、一つの問題提起をしたい。それは、広告費に膨大な費用をかけ、「効率」を最優先する一部の弁護士が、相談者の意思や利益に反した対応をしてしまうという問題についてである。

労働問題を専門とする私がこの問題に注目するのには理由がある。ここ数年、消費者金融に対する過払い利息返還と並び、未払い残業代回収を「ビジネス」とする弁護士事務所が増えているのだ。

もちろん、弁護士がビジネスとして乗り出すことで、残業代請求事件が増えていることは事実であり、それ自体は好ましいことだ。一方で、労働相談に行ったはずの有名法律事務所において、今度は消費者として悲惨な二次被害に遭ってしまった相談者の声も聞いている(このあと紹介する)。

会社に比べて知識も経済的余裕もない労働問題の被害者は、専門家のまともなサポートを受けることで初めて、その権利を十分に行使できるようになる。だからこそ、私は本記事で、目先の利益と効率ばかりを追求する一部の弁護士事務所の弊害に警鐘を鳴らし、適切な相談先を選ぶための情報提供をしたいと思っている。

(尚、この問題については、拙著『ブラック企業ビジネス』(朝日新書)で詳細に事例を分析している)。

弁護士に会わせず、事務員との電話だけで高額報酬

ある被害者の事例を紹介しよう。

この男性は、勤めていた会社で経営悪化を理由にリストラの対象となり、一定の退職金を条件に退職勧奨を受け続け、従わない場合には整理解雇することをちらつかされていた。彼は、労働問題で最も信頼できそうな弁護士事務所をインターネットで検索した。すると一番上に表示されたのが、大手法律事務所Aだった。「一番上にくるくらいだから信用できるはず」と彼は確信したという。40代後半で妻と子供を抱えていた彼は、自分と家族の生活をかけ、自分なりに考えて必死の思いで相談したのである。ちょうど同事務所では、無料相談キャンペーンが行われていており、そのことも彼の背中を押した。

電話をかけると、早速弁護士につながった。まだ若い男性弁護士だった。弁護士のアドバイスの内容は、「即座に契約して会社に連絡しないと間に合わない」というもので、1〜2日後には、弁護士側との契約書類が送られてきた。弁護士にせかされたまま、焦った彼は契約書にサインして、すぐさま返送した。

契約後、問題が続々と発生した。まず、本人の意思に反して、「退職を認める」という主張で、会社と勝手に話が進んでいった。いまさら転職も難しく、あくまでも同社で働き続けることを望みたいと彼はA事務所に電話して主張した。しかし、事務所側は「それは難しい」の一点張りで、満足のいく説明はなかった。その結果、少額の退職金上乗せが和解条件として提示された。

事務所側から提示された成功報酬にも疑問があった。会社から得られた金額に、成功報酬として非常に高いパーセンテージがかけられていたのだが、弁護士に依頼する前から会社から提示されていた退職金の金額にまで、その割合での「成功報酬」の対象となっていたのである。弁護士との交渉で上乗せされた分が対象になるのなら理解できるにせよ、相談しなくても貰えたはずの部分まで事務所の手柄扱いとされたことに、彼は納得がいかなかった。

そして最大のショックは、何度大手法律事務所Aに電話しても、「先生は忙しいので」と電話すら断られ、すべての回答は弁護士ではなく、事務員のみによってなされていたことだった。上記の電話回答も、契約を促された初回以外はすべて事務員によるものである。彼は一度たりとも弁護士と面談させてもらえなかった。あたかも弁護士は「客寄せ」に過ぎず、すべての対応は事務員によってなされているかのように感じられたという。

要求内容が変わってしまったこともさることながら、自分の思いを会社に伝えることすらしてくれず、それどころか話を聞くことすらしてくれなかった。それなのに高い成功報酬を請求された。彼は同法律事務所のホームページから、膨大にリスト化された所属弁護士のページを開き、東京大学卒だという担当弁護士のプロフィールと、実際には会うことのなかった彼の微笑む写真を眺めながら、「こんなやつに自分と家族の人生を委ねてしまった」と憎らしそうにつぶやいていた。

だが、このA事務所の若手弁護士だけが問題なのではない。この大手弁護士事務所を含む「弁護士ビジネス効率化」の構造に、問題の本質があると私は考えている。

「効率化」で加熱した、過払い請求ビジネス

なぜ、このような問題が起きてしまうのだろうか。今回懲戒請求された、アディーレ法律事務所をもとに考えてみたい。アディーレは全国78拠点と、180名以上の所属弁護士を含める1000人以上が運営する巨大法律事務所だ。特化している分野は、今回問題となった、消費者金融の「過払い金」回収である。

ホームページには、アディーレ法律事務所がこれまでに受けた過払い金回収実績として、回収件数34万3585件、回収金額1970億1397万円(2017年1月時点)、一か月あたりの過払い実績4879件、33億7923万円が紹介されている。大勢の所属若手弁護士を活用した、だいぶ効率の良い経営であることがうかがえる。

過払い金の請求では、一人一人の相談者の事情を聞き取り、消費者金融との取引履歴を手に入れ、法的整理を行い、過払い金を計算し、書面を作成し、請求しなければならない。1人1人が異なる事情を抱えるわけだから、大変な作業だ。相談料・着手金無料で業務をこなせるのは、この複雑な業務が、相当程度マニュアル化され・効率化されていることの帰結であろう。

繰り返すが本記事は、アディーレや過払い請求をビジネスとする法律事務所のあり方そのものを全否定しようというわけではない。過払い請求が進んだことにも意義がある。だが、効率化の論理が先鋭化してしまった一部の法律事務所では、消費者(相談者)をないがしろにした「解決」につきすすんでしまうこともある。そうした危険は、この効率を優先する「ビジネスモデル」に内在しているものと考えられる。

先ほども見たように、「利益の出る、楽な解決方法」がマニュアル化され、複雑な争点を避ける。その結果、「最小限の、必ず得られる金額」だけを請求するという弁護士も、出てきてしまうからだ。これは弁護士業界の「薄利多売戦略」ともいえるだろう。だが、弁護士は「薄利多売」でも効率的に稼げるが、相談者にとっては一つ一つが重大事であり、決して「薄利」と割り切れるものばかりではない

未払い残業代回収が「効率化」に向かない理由

「薄利多売」戦略の法律事務所が、次なる収入源として進出しているのが、未払い残業代の回収だ。だが、未払い残業代については、過払い金請求とは異なる困難がある。「証拠」を用意することが難しいのである。

労働時間について、タイムカードや業務日報を手元に保存し続けているケースは少ない。そもそも何も記録がない場合や、タイムカードがあっても、会社が正確な時間を記録していない場合がある。記録がなかった場合には、断片的な証拠をまとめ上げたり、メールやツイッターに残された情報を集約したり、さまざまな手を尽くして労働時間を把握することになる。

私が相談を受ける場合には、こうした証拠を集めたり、整理をしたりするところから始める。ただしその作業は千差万別で、とても効率的に回せるものではない。もし残業代回収をビジネスとして効率的に行っていくとすれば、証拠がたくさんある事案を最初から選ばなければならず、それ以外の「面倒な」事案ははじかれることになる。そして、回収できる金額の水準も低くならざるを得ない(簡単に集まる証拠の範囲に限定して請求するから)。

このような背景から、難しそうな案件やお金にならない労働事件を、効率優先の弁護士事務所は手掛けたがらない。証拠がない未払い残業代回収はもちろんのこと、退職・解雇撤回の労働相談もまた、効率優先では難しい。前述の法律事務所Aで起きたトラブルも、退職や解雇を拒否しながら争うより、依頼人との面談に一分たりとも時間を割くことなく、早急に会社の要求を認めて、依頼人からできるだけ高額の報酬をとって「解決」にしようという「ビジネスモデル」が適用された結果に過ぎない。

同様に、依頼人と一度も会わない弁護士の問題は深刻化しており、面談抜きに労働審判に出席する弁護士まで増えている。弁護士会の会報でも、裁判官から指摘を受けているとの証言が寄せられている。

「(棗弁護士)私も東京地裁の部の部総括から指摘されましたが、労働審判に出てきた代理人が、実は1回も当事者と打ち合わせをしてないということが目にとまると、一体どうなっているのかという、すごくお粗末な、弁護士のイロハを欠いているような、そういう事例もちらほらあると聞いています」(「座談会 〜労働審判制度の現状と課題」『自由と正義』(2017年Vol.68 No.22月号))

ユニオンなら法律水準以上の解決と改善もできる

では、労働事件の際にはどこに相談すればよいのだろうか。一つは、末尾に紹介しているような、「労働側弁護士」のプロ集団である。新手のビジネス弁護士事務所とは異なり、長年人権問題を含めた「難しい案件」に取り組んでいた弁護士が多く所属している。

また、ここで強調しておきたいもう一つの相談窓口が、労働組合(ユニオン)だ。ユニオンによる労働問題の解決には、効率優先の弁護士事務所の対極にあるといってもよい。

最近、「介護保育ユニオン」が仙台で取り組んだ若い保育士の相談を紹介しよう。この相談者は、サービス残業や休憩が取れていなかった分の未払い残業代があったが、正確な労働時間の証拠を持っていなかった。会社にもタイムカードはなく、残業は申告制だったが、申告させてもらえていなかった。効率優先の弁護士事務所なら請求をあきらめてしまうところだろう。

だが、このユニオンは、団体交渉のなかで、警備会社による入館記録を会社に提出するよう要求。それをもとに未払い残業代の額を算出した。会社は当初、警備会社の記録は管理用であって、労働時間の立証にはならないと反論したが、粘り強い交渉で最終的に保育園は組合の主張を認め、ユニオンの要求水準で賃金を支払うに至った。

これに加え、もともと会社では求人票を偽って、実際は劣悪な労働条件で働かせていた。このことはただちに法律違反ではないが、ユニオンではここにも改善のメスを入れた。求人の内容と実際の労働条件を同一のものとする「ホワイト求人協約」を結んだのである。実際に会社の求人広告は改善された。

ユニオンが労働相談を受ける場合、「現存する証拠→請求→和解→報酬」という単純なサイクルではなく、会社との「交渉」によって問題を解決することが基本となる。労働組合法には、誠実な交渉を会社に要求する「権利」が認められているからだ。

その交渉力によって、証拠が不十分でも未払い残業代を払わせたり、職場の労働条件を「法律以上の水準」に改善させることができることもある。

労働組合の相談窓口としては、下記のものがある。NPO法人POSSEでは適切な労働組合の紹介もおこなっているので、ぜひ利用してもらいたい。

<無料相談窓口>

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

総合サポートユニオン(関東、関西、東北)

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

介護・保育ユニオン

TEL:03-6804-7650

メール:contact@kaigohoiku-u.com

HP:http://kaigohoiku-u.com/

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

日本労働弁護団

03-3251-5363

http://roudou-bengodan.org/

参考文献

今野晴貴『ブラック企業ビジネス』(朝日新書)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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