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外回りの営業社員にも残業代が払われる!?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

外回りの営業職。

残業代がつかずに長時間労働を強いられている方は、とても多い。

「営業職に残業代はつかないのは常識」

「営業職は成果をだしてなんぼ」

こんなことが当たり前のように言われている。だが実は、営業職の残業代不払いは、「違法行為」の場合が多数を占めている。後から未払い分を請求することができる場合もある。今回紹介するのは、退職後に不払い残業代の一部支払いを求めていた従業員と、大手企業が和解した事例だ。

「積水ハウス」営業社員の未払い残業代請求が和解

残業代が払われずに長時間労働を強いられた末、体調を崩し退職を余儀なくされたとして、大手住宅メーカー「積水ハウス」で働いていた元社員の新卒労働者2名が、昨年7月に東京地裁へ労働審判を申し立てていた事件が会社側と和解をし、3月4日、元社員2名とブラック企業被害対策弁護団の担当弁護士が記者会見を行った。

元社員のAさんは多い月で約67時間、Bさんは約79時間の時間外労働を強いられたが、基本給約20万円に加えて営業手当約3万円が付くのみで、残業代が払われなかったという。

この事件は各メディアでも大きく報じられた。

“固定給不当”労働審判で和解

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争点は営業社員に適用される「事業場外みなし労働時間制」

今回の事件で争点となったのは、多くの営業社員に適用されている「事業場外みなし労働時間制」というものだ。元従業員2名は、「事業場外みなし労働時間制」の適用により、「みなし労働時間」を1日8時間55分とされ、それ以上働いても残業代が払われることはなかったという。

この「みなし労働時間」の制度は以下のようなものであり、合法的に運用できる場合は限られている。

(1)「事業場外みなし労働時間制」の概要

出張や外回りの営業社員のように事業場(店舗)外でなされる業務については、会社の管理が及ばず、実際の労働時間を算定することが難しい場合が生じる。そのような際に、労働時間の全てまたは一部について働いたものと「みなし」たり、その業務を遂行するために所定労働時間を超えて労働する(残業をする)ことが通常必要になる場合には、その業務の遂行に通常必要とされる時間、労働したものと「みなす」制度を「事業場外みなし労働時間制」という。

(2)「事業場外みなし労働時間制」の適用要件

「事業場外みなし労働時間制」はあくまで労働基準法が定める実労働時間原則に対する例外規定であるため、適用要件が厳格に定められている。第一の適用要件は、実際に事業場外で労働がなされていること、第二の適用要件は、「労働時間を算定し難い」ということだ。労働者が事業場外で労働した場合であっても、使用者が実労働時間を把握・算定できるのであれば適用はできない。そして、適用できない場合は当然通常労働者と同様に、実労働時間に比例して残業をした場合には、「1分単位」で割増賃金を支払わなければならない。

違法・適法の判断ポイントをチェック!

上述した第二の要件が特に重要になるのだが、「労働時間を算定し難い時」と判断される上での判断要素のポイントを以下のように列挙した。営業社員で働く方には是非自身の働き方と照らし合わせて読んでみてほしい。該当するものが多ければ多いほど、具体的な指揮監督が及び、使用者は労働者の実労働時間を管理できているため、「事業場外みなし労働時間制」の適用が困難になる。

(1)使用者から事前(外回りに出る前)に具体的業務指示がある場合

(2)労働者が事前に業務予定を使用者に対して報告している場合

(3)責任者(上司等)が事業場外労働に同行している場合

(4)事後に事業場外労働についての訪問先、訪問・退出時間等についての報告がなされる場合

(5)事業場外労働の始業時刻・終業時刻が指定されている場合

(6)事業場外労働の前後に所属店舗等へ出社がある場合

(7)携帯電話、電子メール等を利用しての業務指示・業務報告が可能な場合

(8)業務内容や時間配分等についての労働者の裁量がない場合

これらに加えて、現代では、IT技術の発達により、使用者は労働者がいつ・どこで・何をしているのかリアルタイムで把握することができ、どこからでも指示を与えたり、報告を求めることが可能となっているため、「事業場外みなし労働時間制」を合法的に運用することは極めて困難になってきているといえるだろう。

裁判例の動向も適用の否定が大勢

近年の裁判例においても、「事業場外みなし労働時間制」については適用否定の判断をするものが大勢を占めている。例えば、以下のような例が営業社員への「事業場外みなし労働時間制」の適用を否定した例だ。

(1)光和商事事件(大阪地判平成14・7・19労判833号22頁)

金融会社における営業社員について、勤務時間が定められていること、営業社員は基本的に朝出勤して朝礼に出席後、外勤勤務に出ること、基本的に午後6時までに帰社して事務所内の清掃をして終業となること、その日の行動予定を記載した予定表を事前に提出すること、外勤中に行動報告をした場合には、会社において予定表の該当欄に線を引くなどして抹消していたこと、会社は営業社員全員に会社所有の携帯電話をもたせていたこと等から「事業場外みなし労働時間制」の適用を否定した。

(2)コミネコミュニケーション事件(東京地判平成17・9・30労経速1916号11頁)

広告代理業、印刷業等を目的とする会社の営業社員について、始業時刻および終業時刻を定めていたこと、IDカード及び就業状況月報等によって個々の社員の労働時間を管理していたこと、営業社員には携帯電話が貸与され、会社によってその利用状況を把握していたこと、営業日報を作成して訪問先や訪問時刻等を報告していたこと等から、「事業場外みなし労働時間制」の適用を否定した。

(3)レイズ事件(東京地判平成22・10・27労判1021号39頁)

不動産会社における営業社員について、原則として出社後外勤に出ていたこと、出退勤時においてタイムカードを打刻していたこと、営業活動の訪問先や帰社予定時刻等を会社に報告していたこと、営業活動中もその状況を携帯電話等によって報告していたこと等から、「事業場外みなし労働時間制」の適用を否定した。

積水ハウスの元社員たちの働き方

これらを踏まえたうえで、積水ハウスの元社員たちの働き方に「事業場外みなし労働時間制」が適用できるのかどうかを検討していこう。申立書によれば、以下の点から会社は具体的に元社員たちの実労働時間を管理できているという。

(1)「月間スケジュール」による予定管理

元従業員たちは、毎日の業務予定を「月間スケジュール」に自身で書き込み、朝の打ち合わせで上司の確認を得ていたという。

(2)携帯電話、iPadによる業務報告

元従業員たちは、会社から携帯電話、iPadを貸与され、外出中も頻繁に上司への報告を行っていた。また、朝の打ち合わせで決めた予定に変更があった場合はその報告も随時していたという。

(3)「月間スケジュール」による実績報告

元従業員たちは、1日の業務が終わった後、「月間スケジュール」の「実績」行に実際に行った業務を書き込んで報告をし、再度上司の確認を得ていたという。

(4)出退勤管理

元従業員たちは、電子勤怠アプリケーション等によって厳格な出退勤の管理をされていた。そして、基本的に始業時に支店事務所に出勤し、その後外出し、また支店事務所に戻り終業時間を迎えるというサイクルで業務をしており、現場への直行直帰は例外であるという。

これらの事実が示されたことで、「みなし時間」の適用の違法性が疑われたために、積水ハウス側は和解に応じざるを得なくなったということだと考えられる。従業員側は満足のいく結果だとしており、不払い残業代の支払に応じたものと思われる。

営業社員のほとんどは残業代を請求できる

私たちNPO法人POSSEに寄せられる相談でも「事業場外みなし労働時間制」が適用され固定給のまま長時間労働をしている営業社員の方からの相談が毎日のように寄せられる。

そういった営業社員の方にお伝えしたのは、これまで述べてきた通り、「事業場外みなし労働時間制」が合法的に適用されるのは、ごく一部の営業社員だけで、多くのかたは違法な適用を受け長時間労働を強いられているにもかかわらず、膨大な未払い賃金が発生しているということだ。

そのような状況に対して、Aさんのように後から支払いを請求することができる。特に、転職する際などにまとめて請求することが効果的だろう。

請求するためには、日々の労働時間や業務内容を具体的な証拠として集めておくことが必要だ。記録は手書きのメモでも構わないし、PCのログイン記録や勤務中の時間表示のスクリーンショットをとるなど、どんな方法でもいい。

業務指示についてのメールや電話の通話記録などを保存しておくことも有効だ。

私たちNPO法人POSSEが監修した労働問題を解決するにあたっての証拠集めが簡単にできるメモ帳『しごとダイアリー2』も是非ご活用いただきたい。

また、もちろん会社を辞めずに、職場の改善をさせることも可能だ。労働組合に加入して会社と交渉し、違法な「みなし時間」制度を撤廃させた事例もある。

とはいえ、証拠の取り方、請求の仕方、改善の求め方はそれなりに高度だ。個人だけで対応できる問題ではない。したがって、大切なことは外部の専門機関に相談し、違法な状況に専門家とともに対処することだ。

職場環境に疑問を感じている営業社員の方には私たちのような相談機関へ相談をしてほしい。不当な環境に泣き寝入りをしてしまうのではなく、相談に乗ってくれる専門家につながれば、必ず解決の糸口が見えるはずだ。

参考文献

『未払い残業代請求 法律実務マニュアル』(旬報法律事務所編)

『しごとダイアリー2』(堀之内出版)

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

日本労働弁護団

03-3251-5363

http://roudou-bengodan.org/

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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