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Bリーグ4強入りへの躍進。安藤誓哉が島根にもたらした勝者のメンタリティー。「覚悟はいいか」

小永吉陽子Basketball Writer
島根スサノオマジックの司令塔、安藤誓哉(181センチ、29歳)

チームとファンを一つにした安藤誓哉の覚悟

 クラブ初のチャンピオンシップ(プレーオフ)出場にして、初のセミファイナルへと駆け上がった島根スサノオマジック。Bリーグに新しい風を吹き込んだともいえる大躍進の要因は、大型補強をしたメンバーと個性的な外国籍選手が織り成すアップテンポなスタイルがマッチしたことがあげられる。中でもアルバルク東京で2度の優勝経験を持って島根にやって来た司令塔、安藤誓哉の支配力はシーズンを通して際立っていた。

 アルバルク東京とのクォーターファイナルは3戦目までもつれ、2勝1敗で島根が制した。古巣相手にこの男が黙っているわけがない。

 ゲーム1では「みんなが硬くて出足が重かったので」と自分から攻め立て、大敗後に臨んだゲーム3では「絶対に勝ちたかった」と気迫を全面に出して牽引。勝利した2戦ともに、安藤が序盤から猛攻する形でチームに勢いをもたらしたのである。ゲーム3では20得点、5アシスト、4リバウンド、2スティールの大活躍。3連戦の死闘を圧倒的なリーダーシップで引っ張り、ゲーム3のMVPとなった安藤はヒーローインタビューにて、「会場を青一色に染めてくれて本当に力になりました」とファンに感謝の気持ちを伝えたあと、こう言った。

「やっと、ファンの皆さんが『覚悟』を持ったなと今日は感じました。皆さん、セミファイナルですよ。来年とか再来年とか、こんなチャンス回ってきません。一緒につかみにいきましょう!」

2戦目は抑えられた小酒部とのマッチアップも、3戦目は得点を重ねた
2戦目は抑えられた小酒部とのマッチアップも、3戦目は得点を重ねた

 戦闘意欲が湧いてくるこのスピーチのポイントは2つ。『覚悟』というフレーズは、開幕戦において昨季の覇者である千葉ジェッツを100点ゲームで破ったときに安藤がファンに投げかけた言葉である。

「今後、上を目指していくうえで、本当にこれから壁が迫ってきます。それを乗り越えるためにも、ファンの皆さんにも覚悟を持ってもらって、一緒に今シーズンに臨んでいきたい」

 新キャプテンとなった安藤の『覚悟宣言』の本気度は、開幕戦にして観客のハートを鷲づかみにしたと同時に、クラブが躍進していく期待感をもたらした。また、自身も宣言をしたからには有言実行として、プレーでもシーズンを通して覚悟を示してきた。

 もう一つの『来年とか再来年とかこんなチャンスは回ってこない』という言葉は、群雄割拠になりつつあるBリーグの中で勝ち続けることがどれだけ難しいかを意味しており、「先のことよりも、いま目の前の勝負を全力でつかみにいく」という決意が込められた安藤らしいメッセージになっている。ホームゲーム最終戦となった4月30日の会見でも同様の発言していた。

「島根のファンの方は優しいからチャンピオンシップで負けても『頑張った』『来年がある』と言ってくれると思うんですけど、チャンスが来た時に、行けるときに、獲れるときに獲らなければ、チャンスは逃げてしまうものなので、ワンポゼッションに命をかけて集中して、目の前の勝負にベストを尽くしたい」

 優勝とは、いい時も悪い時も、そのすべてを経験として積み上げて熟成させ、チームが一つになって挑むからこそ達成できるもの。アルバルク東京時代だって、決して簡単に連覇してきたわけではない。特に新興チームである島根にとって、壁を突破するにはファンの支えを含めたクラブ全体の団結力が必要なのである。3連戦の死闘を制した時、スサノオブルーで染まったアリーナに集結したファンたちは、開幕戦で安藤が問いかけた『覚悟』に対しての答え合わせをしたうえで、改めてともに戦う覚悟を胸に刻んだことだろう。

これからも続くチャンピオンシップでベストを尽くすことをファンに誓う
これからも続くチャンピオンシップでベストを尽くすことをファンに誓う

ルカHCからの旅立ちと新たな挑戦

 安藤がどれほどの覚悟を持って島根にやってきたかを語るには、移籍への決意から説明しなければならない。

 昨季終了後、4シーズン在籍したアルバルク東京との契約が満了となった安藤は、クラブから契約を継続する話をもらっていた。しかしチャンピオンシップを逃し、「自分のパフォーマンスはまだまだ。何かを変えなければ」という気持ちも芽生えていた。

 そんな折に声をかけられたのが島根である。「本気で優勝するための野心と情熱を感じた」という島根のフロントからの勧誘に心が揺さぶられたが、すぐに移籍を決めることはできなかった。悩み抜いたのは、ポイントガードとして戦うマインドと技術を叩き込んでくれたルカ・パヴィチェヴィッチ ヘッドコーチ(以下ルカHC)の存在があったからだ。

「ルカと最後の話し合いをしたときに『移籍を悩んでいるのは僕のことを引き上げてくれたルカにめちゃくちゃ感謝をしているから』と正直な気持ちをぶつけました。そうしたら、『俺のためや、お世話になった人のためにチームに残るのは違う。その理由だけでアルバルクでやるには不十分。誓哉とはアルバルクでのビジネスは終わったけど、人生の友人だから』と言われました。ルカとは人生観を語り合えるコーチと選手以上の関係になれたと思っていて、その一言を聞いたときに新しいチャレンジをしようと吹っ切れました」

 互いの生き方を尊重しあえる信頼関係がありながらも、新天地に飛び込んだ。相当な『覚悟』がなければ戦うことなどできない。

ルカ・パヴィチェヴィッチ ヘッドコーチ(アルバルク東京)
ルカ・パヴィチェヴィッチ ヘッドコーチ(アルバルク東京)

個性を開花させたバズソースタイル

 新しいチャレンジに至ったもう一つの理由は、島根の新指揮官であるポール・ヘナレのもとでプレーすることが、成長に結びつくと考えたからだ。前ニュージーランド代表の指揮官を務めていたヘナレHCのバスケは、2019年のワールドカップ本戦と強化試合を含めて3試合戦ったことでよく知っていた。

「よく走るなあと思いましたね」と安藤が感心したヘナレHCが掲げるバスケは、攻防のトランジションがチェーンソーのように止まらずに回り続ける「BUZZSAW」(バズソー=丸鋸:まるのこ)スタイル。

「ポールのもとで走るバスケをすることで、自分がもう一段階上がれるんじゃないかってビビッときましたね。そのインスピレーションというか、直感を大事にしました」

 アルバルク東京は、強固なディフェンスとチームルールに従ってピック&ロールを繰り返してチャンスメイクしていくスタイル。その徹底ぶりで勝利を積み重ねてきた。一方で安藤は「僕はアルバルクの中で逸脱する存在でした」と笑う。規律を破って自由にプレーをしてきたという意味ではない。チームルールを守ったうえで「目の前が空いたら打つし、走れる時に走らなければ勝負は待ってくれない」というモットーで勝負に挑んできたのだ。ルカHCからは叱責されることも多々あったが、その“逸脱”した判断によってビッグゲームを制したこともあり、安藤の勝負強さは高く買われていた。

 島根での安藤のプレーについて、アルバルク時代との違いに驚いた人は多いだろう。だが、もともと安藤は「佐藤久夫先生に勝負するメンタルを徹底的に叩き込まれた」という明成高校(現仙台大明成)時代から、時にはハンドラーになりながら、エネルギーあふれるプレーで走り続けてきたスコアラーだ。

 本格的にポイントガードにコンバートをしたのは明治大へ進学してからだが、今のスタイルは、高校と大学で全国大会の決勝を戦い、カナダやフィリピンに飛び出しては様々な環境のもとで適応力を学び、アルバルク東京でポイントガードとしての知識と技術を培ってきた経験を全部出したうえで走り続けている。そしてポジションこそ違うが、高校時代のように、自身の強みを全面に出して戦う原点に戻ったかのような攻めっぷりを見せている。

 安藤にとっては、アルバルク東京での4年間の学びがあるから今がある。だからこそ恩師のもとを旅立った今、クォーターファイナルでの対戦を誰よりも待ち望んでいた。スサノオマジックのリーダーは笑っていた。コートではひときわ燃えて、勝負を心の底から楽しんでいたのだ。

何度もチームメイトの手を両手で握りしめてチームを一つにした
何度もチームメイトの手を両手で握りしめてチームを一つにした

「誓哉は“何が何でも勝つ”という、負けず嫌いを圧倒的に出す選手」

 アルバルク東京にとっても今シーズンは「伝統ある常勝クラブとして、チームを本来いるべき位置に戻したい」(田中大貴)と、多くの選手が変わった中で覚悟を持って臨んだシーズンだった。そんな中で安藤がいた昨季から変わったのは、怪我人に泣かされながらも、小酒部泰暉や吉井裕鷹らの新しい血が生まれたことだ。これは、アルバルク東京の育成力を物語っており、ここから新しいチームへとステップアップする期待が見えたクォーターファイナルになった。

 ゲーム2では小酒部とのマッチアップで自由にさせてもらえなかったことで、ゲーム3での安藤はさらに奮起していた。試合後の会見では「Bリーグのツイッターやインスタグラムで、オサ(小酒部)の会見を冗談抜きで50回くらい見て、寝れなくなるくらいアドレナリンが出た」「世間的には抑えられたみたいな感じだったので、ゲーム3は絶対に負けられないと思った」と発言し、そうした戦闘意欲が序盤にアルバルクベンチに向かって「さぁ来い!」と煽るパフォーマンスになったと明かしている。

 ただ、その煽りはアルバルクだけに向けられたものではない。「自分も鼓舞して、ファンの人たちも煽りながら」と言い、アリーナ中を巻き込んで熱い試合にしたうえで「絶対にセミファイナルに導いてみせる」という決意の表れでもあったのだ。それこそが、チャンピオンシップを戦い抜くには『覚悟』が必要なのだと悟るに十分なパフォーマンスだった。

 さらに言えば、ゲーム2では3得点に終わり、どことなく元気がなかったペリン・ビュフォードや、怪我から復帰して間もないリード・トラビスに戦うメンタルを注入していた。後半に入ると安藤は、コート上で何度も円陣を組み、チームメイトの手を両手でギュッとつかんで心を一つにしている。そうしたリーダーの掌握力が、勝負の分かれ目となった3Q終盤、ビュフォードのアシストからトラビスの3連続3ポイントの大爆発へとつながったのだ。

 ただ、エナジーだけを注入しただけでは勝つことはできない。3戦目に島根が修正したのは、リバウンドとピック&ロールに対しての守り方を変えたことだ。特にリバウンドにおいては、ルカHCが1戦目から「ロングリバウンドやルーズボールを取り切る継続力や持久力」をポイントに上げていた。島根がインサイド陣のボックスアウトの徹底からガード陣が跳び込んで球際を制したことは、セミファイナルに向けての大きなカギになるだろう。

 ルカHCに安藤のパフォーマンスについて質問すると、このような賛辞が返ってきた。

「誓哉は日本代表の候補に入っていた若い頃(2016 - 17年)から目をつけていた選手で、私が好んでいたポイントガードでした。それから成長して今があり、我々としても戦うのが楽しみでした。

 ただ、本人は対戦相手構わず、基本的に負けず嫌いという性格の持ち主で、ポイントガードとしての負けず嫌いを圧倒的に出すような選手です。彼は相手が我々古巣だとかそういうことには構わず、対戦相手がどこであろうとモチベーションを切らさず、試合があったら『何が何でも勝つ』という負けず嫌い精神を出してきます。ゲーム2では我々がそこを抑えることができたのですが、ゲーム1とゲーム3では誓哉の得意とするプレーを許してしまい、結果的に負けました。島根のほうが一つ上のビッグプレーを決めてきたので、セミファイナルでは我々の分も戦ってほしい」

 敵地に乗り込む琉球ゴールデンキングスとのセミファイナルは、これまで以上に厳しい戦いになることは間違いない。安藤は抱負をこう語る。

「僕たちはゲーム3を制したことでさらに成長できた。前回、琉球と対戦した時とはまったく違うチームになっているので、セミファイナルでも1試合1試合を大切にして、成長していきたい」

 チャンピオンシップ仕様に作られたオープニングムービーでは、これまでの歴史をたどる映像から始まり、安藤キャプテンの覚悟のポーズを最後に、選手紹介へと続く魂のこもった仕上がりになっている。新しい歴史を切り拓く、いわば下剋上への道のりは険しくともチャレンジと成長あるのみ。恐れずに目の前の勝負に挑むだけだ。さあ「覚悟はいいか」――。

チャンピオンシップ仕様のオープニングムービー。安藤キャプテンの「覚悟はいいか」
チャンピオンシップ仕様のオープニングムービー。安藤キャプテンの「覚悟はいいか」

文・写真/小永吉陽子

Basketball Writer

「月刊バスケットボール」「HOOP」のバスケ専門誌編集部を経てフリーのスポーツライターに。ここではバスケの現場で起きていることやバスケに携わる人々を丁寧に綴る場とし、興味を持っているアジアバスケのレポートも発表したい。国内では旧姓で活動、FIBA国際大会ではパスポート名「YOKO TAKEDA」で活動。

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