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森保監督の「後継者」を育てないと手遅れに。監督ライセンス問題とシャビ・アロンソの金言

小宮良之スポーツライター・小説家
ブンデスリーガで指揮を執るシャビ・アロンソ監督(写真:ロイター/アフロ)

 昨シーズン限りで、多くの日本人選手がスパイクを脱いでいる。指導者に転身したケースは少なくない。C級、B級、A級、S級と指導者ライセンスを取得しながら、まずはコーチでスタートするのが通例だろう。

 しかし現場で問題視されているのは、Jリーグで監督を務めるためのライセンス最上位、S級取得のハードルの高さだ。

長時間の講習で名将になれるのか?

 現役引退後、最上級の指導者ライセンスはわずか1年で取得できる国もあれば、数年単位になる例もある。良し悪しではない。日本は後者と言えるだろう。

 プロ経験者の場合、最短で3、4年と言われるが、実質はしばしば10年以上もかかる。クラブチームでコーチを務めながら講習を受けるのは大変で、S級の講習は拘束時間も長いため、クラブの理解が相当に必要になる。また、ユース年代の監督をしている場合、子供たちを長い期間、誰かに任せることになってしまう。様々なやりくりをしながらだと、結局、相当な労力と時間がかかるのだ。

 その結果、ようやくプロ監督としてスタートできるのは、四十代半ばになっている。しかも、それまでコーチだったのが、監督をするのは簡単ではない。二つは求められる役割が違うポストだからだ。

 大きく言えば、監督の仕事は「選択、決断」することで、コーチは「サポート、その実務」になる。欧州では原則的に監督は監督で、コーチはコーチ。進む道が違っている。監督を中心に指導陣が封建的なグループを構成しているのが基本で、過去の外国人日本代表監督も「チーム」でやってきた。

 コーチをしながら時間をかけて監督になった場合、そこまでの失敗はなくても、個性を感じない指導になりがちである。人をサポートした時間が長すぎると、調和を重んじる。監督としてのコーチの弊害だ。

 一方、いきなりJ1のトップチームの監督になっても問題を引き起こす。会見で選手を悪く言ってしまったり、極端に閉鎖的になったりする。ライセンス取得に特化し、監督の段階を踏んでいないからだろう。レジェンドと言われた元選手たちは優遇され、トップを率いることになったはいいが、チーム崩壊の序章さえ作っている。

 一つ言えるのは、長時間の講習を受けたからと言って、名将になることはない、ということだろう。多くのことを教えられるのだろうが、教えられたようなことは世界との戦いでは通じない。むしろ、教えられ過ぎると監督の個性が失われる危険性もある。

 指揮官は自身のパーソナリティがほとんどすべてだ。

「指導者としてトレーニングメソッドを学び、精通することは大事」というのは理にかなっているし、それをすべて省くべきではない。しかしプロ選手は、自身のキャリアで指導を受けている。つまり、すでに監督としてのレッスンは受けているに等しいのだ。

シャビ・アロンソの金言

――ジョゼ・モウリーニョ、カルロ・アンチェロッティ、ジョゼップ・グアルディオラなど名将の指導を受けて、一番影響を受けた監督は誰ですか?

 シャビ・アロンソとのインタビューで、筆者は訊ねたことがある。

 シャビ・アロンソは現役時代、中盤の将軍として君臨。レアル・ソシエダ、リバプール、レアル・マドリード、バイエルン・ミュンヘンで輝かしい業績を残し、三十代で指導者に転身した。

「影響は全員だよ。誰かひとりというのはない。ただ結局、監督は本人のパーソナリティだよ。どのように感じ、どのようなサッカーをしたいのか。監督はそれが自分の中にないといけない。私は子どもの頃から、『もっとサッカーを理解するには?』って、いつも自分に問うてきた。90分プレーして勝ち負けで終わり、なんてあり得なかった。どこで何をすればもっと向上できるのか、そのためには何が必要なのか、ずっと考えてきた」

 なんと鮮やかな答えだろうか。

 シャビ・アロンソは2017年夏に35歳で現役引退後、UEFAの監督ライセンスを取得し、2018-19シーズン、マドリードUー14を率いてライセンスを実効化した。そして2019-20シーズン、生まれ故郷のレアル・ソシエダBを率いると、目覚ましいリーダーシップを発揮。1年目で多くの選手をトップに導き、2年目で2部に昇格させ、3年目は2部を戦った。

 そして昨年10月、ブンデスリーガ、レバークーゼンの監督を引き受けた。17位で降格圏に低迷していたチームだったが、すでに12位まで引き上げている。直近3試合は3連勝だ。

 41歳になるシャビ・アロンソは、遅かれ早かれ、ビッグクラブで世界一を争う指揮官になるだろう。彼はほとんど生来的な監督である。選手としてプレーしている間も、監督の修行をしてきたのだ。

欧州では三十代、四十代前半の若手監督が台頭

 シャビ・アロンソは若くして引退した元選手のアドバンテージを、若手との練習で存分に生かしていた。何気なく蹴るロングキックに、若い選手たちの表情が変わった。つい最近まで、最前線で活躍していた憧れの人物の言葉には、他にはない説得力もこもっていた。ミーティングの集中力も抜群だった。誰よりも自分自身と対峙してきた男の言葉だ。

 そんな人物に、講習で誰が何を教えるのか?

「私が生まれついての監督か? それはわからない(笑)。でも、生来的なサッカー人だなとは思う。家の外ではサッカーをプレーして、家に帰ったら兄とも父ともサッカーの話をずっとしていたから(兄ミケルもレアル・ソシエダで、父ペリコはバルサでもプレーし、スペイン代表だった)」

 シャビ・アロンソは語っていたが、プレーすると同時に監督として成熟するような人物でないと、ライセンスを取ろうと取るまいと、指揮官としては通用しないのだ。

 今や若き名将の一人に数えられるアーセナルのミケル・アルテタ監督(40歳)も、シャビ・アロンソと同世代で育成年代は同じチーム(アンティグオコ)で過ごしている。34歳で引退後、ジョゼップ・グアルディオラに師事する形で、ヘッドコーチとして支えると、2019-20シーズンの途中からはアーセナルを率い、今シーズンは首位を走る戦いを見せている。

 ドイツでは、ユリアン・ナーゲルスマン(バイエルン・ミュンヘン)を筆頭に三十代の監督も湧き出てきた。イタリア、セリエAでは元イタリア代表MFティアゴ・モッタは40歳で、すでに4チーム目の指揮でボローニャを率いる。スペインでは、42歳のシャビ・エルナンデスがすでにFCバルセロナを率い、40歳の元スペイン代表SBアンドニ・イラオラもラージョ・バジェカーノで攻撃的フットボールでセンセーションを起こしている。

 2部、3部リーグには、機会を窺う若手監督が数多くいて、カスティージャ(レアル・マドリードのセカンドチーム)を率いるラウール・ゴンサレスなどもその一人だろう。無論、若手監督だけに失敗もするが、そこに初めて淘汰は生まれる。ライセンスはあくまで免許に過ぎない。運転免許のように然るべき道筋だけ教え、あとは本人の力量であるべきだ。

トップレベルの指導者の枯渇

 今や多くの日本人選手が、欧州に戦いの場を求めている。切り拓かれた道を大きく、太く、増やしつつある。彼らの成長は目覚ましい。

 その選手たちを育成してきた指導者たちの仕事も、同じように称賛されるべきだろう。ユース、高体連、多くの指導者たちがアイデアを絞り出し、学び取って、失敗と成功を重ねながら、サッカーの力を底上げしている。高校選手権ではJ1リーグのクラブのない岡山県の岡山学芸館高校が優勝するなど、育成の網は今や全国隅々に張られているのだ。

 にもかかわらず、Jリーグトップの監督の顔ぶれは劇的なアップデートができずにいる。欧州で指揮をする監督など現実味は乏しい。J1の若手監督で注目に値するのはサガン鳥栖の川井健太監督(41歳)くらいだ。

 代表で森保一監督が続投になるのは、自明の理だろう。一時、後任に聞こえてきた人材も、代わり映えしなかった。日本サッカーが世界と伍する力を蓄えつつある一方、トップレベルの監督人材は枯れてきているのだ。

 指導者に求められる資質を、日本サッカーは問い直すべきだろう。最近は「日本代表キャップ20試合以上」でB級コーチライセンスを取得後、1年以上の指導実績が必要なくなった。これによって、一部ではライセンス取得が加速するが、もっと制度を緩めないと、若い指導者は増えない。それは自ずと日本サッカーの首を絞めることになる。

 内田篤人、中村憲剛、中村俊輔、大谷秀和が現役のエネルギーを残した中で率いるチームを、早く見てみたいものだ。

※文中、J1リーグのクラブのない、とすべきところ、Jリーグのクラブ、となっていたので訂正しました。失礼いたしました。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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