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森保ジャパンにはびこる不安、そこに通ずる日本サッカーの「強化」の実態とは?

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

サッカーにおける「強化」とは

 多くのJリーガーは、強化関係者に対して悶々としたものを抱えている。

「自分たちの価値が正当に評価されているのか?」

 そこに対する疑念が消えない。

 監督、選手の契約条件は正確には世間に公表されていないが、当然、内部では情報が回る。ファン・サポーターが驚くような選手契約も少なくない。好待遇を受けながら、ほとんど何の仕事もしていない場合がある一方、堅実な仕事をしていながら”安く使われている”というケースもある。ほとんど試合に出なかった複数の外国人選手に数千万円や億単位を支払っている場合、クラブの本体までが揺らぐほどだ。

「Jリーグが何年も続く中で、クラブの強化だけは進歩していない」

 それは一人ではなく、多数の選手が口にする感慨である。鹿島アントラーズ、川崎フロンターレの2チームを除くと、不満を聞かない方が珍しい。査定には不満が滲み出て、価値観のズレが見える。

 もちろん、Jリーグのクラブ強化の立場からも難しさはある。有力な日本人選手は、基本的に海外移籍を念頭に入れてプレーしている。せっかく、チームの中心になったところで、縛り付けるようなことをすると、チームとしての声望が下がり、今度は有望な新人を取りにくくなる。結果、海外への流出が止まらない。

目利きも完ぺきではない

 また、どんな目利きもはずれくじを引くことはある。

 例えばFCバルセロナでも、サミュエル・ウンティティ、フィリペ・コウチーニョなどは完全に不良債権化している。ベジクタシュにレンタルしているミラレム・ピャニッチにも、給料を払っている状態。レアル・マドリードも、それぞれ移籍金に100億円以上かけて獲得したガレス・ベイル、エデン・アザールの二人は、ベンチが定位置だ。

 百発百中など存在しない。

 ただJリーグの場合、閉じられたふたを開けてみると、首をかしげる契約が多すぎる。

―強化に必要な資質とは?

 現在は、大宮アルディージャを率いる霜田正浩監督に訊いたことがある。

 霜田監督は、日本サッカー協会の技術委員長にまで上り詰めた人物で、いわば強化の最高峰を極めている。歴代の技術委員長が監督時代の「名前」で仕事している場合が多いのに対し、霜田監督は京都、東京の強化部で実績を積み上げ、語学堪能、人脈の抱負さ、抜群のコミュニケーション能力で日本代表に引き抜かれた人物だ。

「強化の仕事は、何よりも“今のチームに何が必要か、どんな選手が必要か”を見極めることに集約される。このサッカーをやるなら、というのと、先も見据えた上で(選手、監督と契約する)。結局、その見極めができるか。ぶっちゃけた話、強化は経験より資質だと思う。経験を積めば良くなるっていうのもいるけど、経験を積んでもまるでダメっていうのもあって」

 チーム強化の根幹の一つが、「スカウティング」にあるだろう。目利きに完璧はない。それでも、センスは求められる。選手の能力、キャラクターを見極められるか。戦いのデザインに合わせ、選手の長所、短所を理解できるか。選手を配置するまでの目利きが、やはりモノを言う。

スペインの目利き、モンチ

 もっとも、スカウティングは主観的なものである。目利きの「目」はフィルターを意味している。一般的な良し悪しは、素人でも判別できる。選手の持っている(将来的な)ポテンシャルやパーソナリティも含めて戦力になるかどうかを、フィルターを通して見抜けなければならない。その点、データなどは参考程度にしかならないだろう。

 本能的、感覚的なものだが、それは脳内で蓄積されたデータではじき出された答えだ。

 スペインのセビージャは、選手マネジメントの良さで有名である。優秀な選手と次々に契約し、チームの中で生かし、さらに高い値段でビッグクラブと取引。スポーツディレクターを務めるモンチの"目利き"は出色だ。

 モンチが率いる数十人のスタッフが、各国リーグの選手のプレーを確認。技術、体力、戦術理解力、そして値段などを元にした5段階評価で、毎週会議を行い、そこで継続的に高評価だった選手に関しては、モンチ自身が獲得するかどうかの判断を下す。「無事是名馬」で、ケガなくプレーできているか、も大事なポイントで、素行面の問題や騒ぎを起こした選手も除外される。

 労力を懸けて選手を絞り込み、選手獲得に踏み切る。そのおかげで、「セビージャが触手を伸ばした選手は良質の銘柄」という話が広がるほど、セビージャのスカウティングは一目を置かれるようになった。今や映像データは膨大。スプリント数や走行距離やプレーゾーンなどの数字を元に、情報を詳細に手にできるようになって、欲しい選手を簡単に絞り込めるようになったという。

「でも、結局は人間の目で見て判断する部分が大きい」

 モンチの言葉だ。

強化の不安が森保ジャパンの不安に

「自分は監督と交渉するとき、肌感覚というか、目と目を合わせる、というのを大前提にしていました」

 霜田監督は言う。アルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、ヴァイッド・ハリルホジッチとヨーロッパのマーケットに飛び込んで、契約を取り付けた最後の日本代表の技術委員長だ。

「例えばヴァイッドの時は、候補リストは10人に絞って。その中でヴァイッドは熱意が違った。コンタクトを取ってから三日後に初めて会った時点で、すでに日本代表について分析した膨大なデータを手にしていた。ミーティングに分厚い資料を持ってきてね。直前のアジアカップの詳細な分析まであった。日本代表選手のことを本当によく知っていたよ。それにお金の話を一切しなかった。ヴァイッドは誤解されることはあるかもしれないが、心の底から日本のことを思っていた。当然、そうじゃない人もいたよ」

 次の段階として、交渉力がモノを言う。日本では、この点が遅れている。森保ジャパンの不安の理由は、次の人選もマーケットで引っ張って来られる力が感じられないことにあるかもしれない。

 現在のJリーグも、監督の人選で“強化の困窮さ”を感じさせる。コロナ禍もあって交渉は難しいはずだったが、海外のマーケット開拓はまだ遅れている。契約している外国人監督も、日本に来るまでトップチームを率いた経験がなかったり、ほとんどアマチュアレベルだったり、経歴を見ただけでも不安になるレベルだ。

 Jリーグで指揮経験のある日本人監督が解説業を挟みながら、持ち回りをしているのが現状である。

 強化がタフになることが監督、選手をさらに躍進させるのか。あるいは、監督、選手の成熟が強化をけん引するのか。鶏が先か卵が先か分からないが、歩調を合わせて進む必要があるだろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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