Yahoo!ニュース

NZ戦撃破は「想定内」。金メダルへの関門、スペイン戦に向けた三つのヒントとは?

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:エンリコ/アフロスポーツ)

NZ撃破までは想定内

「グループリーグの組み合わせが決まった時から、(準決勝で)スペインと対戦するだろうな、と思っていました。一つ一つの試合を全力で戦ってきましたが。スペイン戦は、120、150%の力でチームを勝たせられるように」

 東京五輪男子サッカー、準々決勝でニュージーランド(以下NZ)を0-0の延長PK戦で破った後、久保建英はその心境を吐露している。それはスペインで幼少期を送り、今も活躍の舞台にする日本人青年の決意表明だろう。

「負ける気はしなかった」

 久保は言う。3試合連続得点で記録は止まったものの、鋭気は満ちていた。準決勝まで勝ち進む確信があったのだ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komiyayoshiyuki/20210712-00247477

 開幕前、筆者も「準決勝までは順当に進む」と予想した。相手となるチームで、本当に警戒すべき相手はいなかった。それほどに、日本は勝つべきチームだったのだ。

 しかし、ニュージーランドには苦戦している。前回のコラムでも警告したようにフランス以上の好チームで、戦術的にまとまっていた。オーバーエイジのFWクリス・ウッドも最後まで不気味だった。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komiyayoshiyuki/20210729-00250396

 そこで味わった苦しみは、準決勝で戦うスペイン戦に向けて、三つのヒントを与えてくれた。

酒井宏樹の存在感

 断言するが、酒井宏樹は金メダルに欠かせない選手だ。

「不在の在」

 NZ戦は、酒井が累積警告で出場停止になった穴がくっきりと出た。

 酒井が右サイドバックにいることで、同サイドの強力な敵アタッカーを止められる。危険なクロスを上げさせたことは、グループリーグではほとんど一度もない。ポジショニングの良さ、単純な走力、経験を使った読み、鍛え上げた体の使い方、あらゆる面で右サイドを制していた。

 酒井が与える安定感が、ピッチ全体に伝播していたのだ。

 同じサイドの堂安律には自由を与え、日本の最大の武器であるスピード、テクニックを融合させたコンビネーションをサポート。酒井自らも攻め上がって、攻撃の分厚さを与えていた。また、右が盤石になったことで逆の左サイドの攻撃もプッシュアップ。さらにチーム全体のポジション的優位にもつながり、波状攻撃を生んでいたのだ。

 NZ戦が無得点だった理由の一つは、酒井の不在があるだろう。

 代わりに入った橋岡大樹が悪かったわけではない。無失点で切り抜けられたのは、橋岡の功労があるだろう。彼は果敢に勝負していたし、惜しいクロスもあった。しかし何度か1対1から際どいクロスを上げられるなど、やはり酒井の安定感とは比ぶべくもない。キャリア、実力が少なくとも現時点では違い過ぎるのだ。

 酒井がスペイン戦で戻ってくることは、朗報である。冨安健洋を累積警告の出場停止で失うことは痛手だが、1試合休んだ酒井が復帰するのは大きい。スペイン代表でもあるダニ・オルモとマッチアップする可能性が高いが、試合の趨勢を決するのではないか。

日本の武器を使えるか?

 もう一つ与えられたヒントは、日本の武器は改めて技術+俊敏性×連係で、そこでの判断、選択が最重要になるという点だ。

 高温多湿で中二日の連戦、主力選手はかなり消耗している。NZ戦は体の動き以上に、頭がいつものように冴えていない印象だった。全体的に前線の動きは鈍かったにもかかわらず、攻撃になると急いてしまい、バタついたフィニッシュで、二次攻撃、三次攻撃につながらない。わずかな判断が遅れたり、ビジョンが思い浮かばなかったり、ノッキングする箇所は少なくなかった。

 例えばグループリーグのベストイレブン候補と言える遠藤航も、いつものようにボールを奪い返していたが、いつもと違って失い過ぎていた。田中碧とマンマークに近い対応も受けていたのもあるかもしれない。焦りがあるのか、自陣でのファウルも少なくなかった。前半、林大地からのクロスの決定機、いつもの遠藤の状態であれば外してはいない。

 一人でどうにかしようとして、歯車が狂ってしまう。

 久保も、堂安も、どこか独りよがりのフィニッシュが目立った。自分が試合を決める。その意識は彼らの強さで、しばしばチームを救ってきたが、ベターな選択もあったはずだ。

 スペイン戦に向け、日本は”日本の戦い方”に立ち返るべきだろう。

交代策で後手を踏まない

 最後のヒントは、やはり交代策か。90分間で5人替えられるレギュレーションで、厳しいコンディションの連戦では一つの肝になるだろう。

 NZ戦は、残念ながら後手を踏んだ。

 結果論かもしれないが、NZはオーバーエイジの主力の負傷交代で、システムを5-3-2から中盤がダイヤモンドの4-4-2に変更。戦術的に日本を上回った。日本がプレスをはめられないのをしり目に、攻勢に出たのである。

 日本はこれに対し、手を打てなかった。後半24分にようやく上田綺世、中山雄太を入れ、やや挽回したが、約20分間もちぐはぐさが続いていた。スペインを相手に、なす術もない受け身を続けた場合、失点を意味するだろう。

 もし勝負をかけるなら、上田、前田大然の2トップや3-4-2-1もオプションにあったかもしれない。それは賭けだが、後手を踏んだまま、踏みつけられることは避けるべきだろう。失点を回避し、PK戦に勝利できたのは幸いだが、相手に唯々諾々とペースを与えた時間があったのは事実だ。

 この日、チームを救ったのはGK谷晃生だろう。大会前のガーナ、ジャマイカ戦はハイボールの処理に不安を感じさせたが、NZ戦は”空の王者”だった。谷の迅速で果敢で適切な飛び出しがなかったら、失点を浴びていた。PK戦でのストップはお手柄だが、そこまで持ち込めた点でも、吉田麻也と並んで殊勲者だった。

 逆説的論法になるが、交代で流れを変えるのが難しいなら、スペイン戦に向けては先発にベストの選手をそろえることが大事になる。例えば上田は先発型のFWだし、左サイドは中山雄太でまずは守備の蓋をするのが論理的だろう。その上で、勝負どころで3-4-2-1にシステムを変更するのも一つか。

 正攻法と奇襲策だ。

タフなスペインとの戦い

 日本はスペイン戦で、初めて格上との試合になる。直前のテストマッチでは善戦も、ペドリを相手に手も足も出なかった。今までのように、小さなミスも許されない。

 スペインはグループリーグでは1位通過もかなりもたついていたし、準々決勝のコートジボアール戦も延長の末の勝利となっている。けが人も出ており、コンディション的には日本より厳しい。ただ、マルコス・アセンシオは左足一発があるし、ミケル・オジャルサバルは同じくレフティーで0トップとして世界有数のレベルにある。そして交代では、高さのラファ・ミル、ドリブラーのブライアン・ヒル、左を切り裂くマルク・ククレジャなどを擁し、戦力の分厚さを感じさせる。

 しかし日本は、極端に守りに入るべきではないだろう。攻守一体。恐れずに挑めば、十分に渡り合える。

「スペインはタフな相手ですが。これまでやってきたように、最後まで粘り強く一丸となって戦い、決勝へ進むつもりです」

 指揮官である森保一監督の言葉である。

ーーーー

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ーーーー

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事