Yahoo!ニュース

日本人GKは受難の時代を乗り越えたか?”黒船来航”がもたらした覚醒。

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:つのだよしお/アフロ)

日本人GKは群雄割拠

 今や日本人GKは群雄割拠だ。

 まず、若手の台頭が目覚ましい。東京五輪代表候補として、J1でレギュラーのGKが多数。大迫敬介(サンフレッチェ広島)、沖悠哉(鹿島アントラーズ)、谷晃生(湘南ベルマーレ)は先日のU―24アルゼンチン代表戦でも選出されたが、それぞれタイプは違って、いずれも能力は高い。波多野豪(FC東京)、鈴木彩艶(浦和レッズ)、オビ・パウエル・オビンナ(横浜F・マリノス)も非凡さを感じさせるGKだ。

 各年代での熾烈な競争が、GK全体のレベルを引き上げている状況と言える。

 南雄太(横浜FC)は41歳になるが、衰えは見えない。柏レイソル戦で見せたセービングの数々は、勝ち点1に相当した。経験と集中によって、周りを動かすことができるし、シュート一つを弾くのにもどこにボールを流すのか、ディテールに老練さが浮かぶ。

 34歳の西川周作(浦和レッズ)も若手に負けず劣らず、円熟を迎えつつある。チーム全体で守るようになった。足元の良さが強調されがちだったが、GKとして総合的に安定感を増した。

 25歳の高丘陽平(横浜F・マリノス)は、GKとしての瞬間的なスピードに優れる。間合いを詰める速さのおかげで、ビッグセーブの確率を上げられる。そしてビルドアップでのキックのうまさは歴然だ。

 では、かつてない日本人GKの勃興はどのように生まれたのか。

黒船来航

 数シーズン前から、日本人GKの立場は脅かされていた。

 2008年から適用されたアジア枠(アジアサッカー連盟に加盟した国の選手は出場制限なし)によって、韓国人GKが一気に入り込むことになった。彼らは体格に優れ、基本的なセービング面でパワー、スピードに優れていた。そして当然のように、日本人GKの居場所を奪っていったのである。

 その後、アジア枠は撤廃されたが、韓国代表クラスのGKは定着することになった。そして外国人枠が3名から5名に増えた。これで、ランゲラック(名古屋グランパス)やヤクブ・スウォビク(ベガルタ仙台)など優れた外国人GKがさらにJリーグに来ることになった。一時、J1は3分の1以上のチームが外国人GKという事態になっていた。

 日本人GKとしては受難の時代だ。

「日本人GKを保護するために、GK枠を作るべきでは!?」

 関係者の間では、そんな話も出ていたほどだ。

 しかし”黒船来航”によって、日本人GKたちは目を覚ましたのかもしれない。

前川や沖の台頭

 3月の代表戦シリーズでは前川黛也(ヴィッセル神戸)が初めて代表に召集されている。

 前川は2018年シーズン終盤までは神戸のサードGKに過ぎなかった。しかしファン・マヌエル・リージョ監督に抜擢されて以降、徐々にファーストGKのポジションを奪っていった。足元の良さにもともと定評はあったが、試合に出ることで鍛えられたのだろう。ファーストGKだった韓国代表キム・スンギュは、退団を余儀なくされることになった。

「ダイ(前川)は試合に出てプレーする機会がなかっただけ。素晴らしい能力を持っている。プレーすることによって、もっと良いGKになるだろう。日本人GKは試合出場機会得ることによって、まだまだ変れる。ダイは楽しみな才能だ」

 リージョはそう話していた。能力を見抜き、出場機会を与えられるか。外国人監督は、それを躊躇なくすることができた。ザーゴ監督が就任した鹿島も、韓国代表のクォン・スンテではなく、沖を抜擢している。

 同時に日本人GKも、危機感を覚えていたのだろう。その点、外国人GKの流入は変革の触媒となった。

 様々なタイミングが一致した。

 各チームで、GKの下克上が多発しつつある。それは、日本人対外国人という構図だけではない。例えばFC東京は今シーズン、林彰洋がケガで出遅れているのはあるにせよ、児玉剛、波多野の3人が実力伯仲の状況。日本人GK同士も激しく競っているのだ。

かつてスペインでも起きた現象

 実はスペイン、リーガエスパニョーラも2000年前後、スペイン人GKが受難の時代だった。1995年に施行されたボスマン判決によって、欧州内の外国人枠が撤廃。各国の代表クラスのGKたちが一斉にスペインへ入ってきた。

「スペインはGKの質が低い」

 そう見下されていたのだ。

 レアル・マドリード、FCバルセロナ(以下バルサ)のようなビッグクラブも例外ではなく、外国ブランドに飛びついた。

 マドリードはドイツ代表ボド・イルクナー、アルゼンチン代表アルバノ・ビサーリなどを次々に獲得している。結果、スペイン人GKは追いやられた。風前の灯火だった。

 そこで反撃に転じたのが、下部組織育ちのイケル・カシージャスだった。二人の外国人GKがケガをするなどの幸運があったにせよ、出場機会を得ると獅子奮迅のセービングを見せた。驚異的な集中力と度胸と読みで、奇跡的セービングを連発。多くのファンを熱狂させ、ポジションを確保し、「聖なる守護神」と崇められるまでになった。

 バルサも、外国人GK全盛の時代になっていた。オランダ代表ルート・ヘスプ、ポルトガル代表ビトール・バイア、アルゼンチン代表アルベルト・ボナーノ、フランス代表リシャール・ドゥトルエルと外国人GKにゴールマウスを任せてきた。しかし、これが今一つうまくいかなかった。

 これに終止符を打ったのが、やはり下部組織から昇格したビクトール・バルデスだった。バルデスはバルサ伝統のボールプレーの申し子で、フィールドプレーヤーのようなテクニックを見せた。リベロGKは、バルサに最強時代をもたらしたのだ。

 カシージャス、バルデスを旗印に、各チームでスペイン人GKが台頭した。そして今ではダビド・デ・ヘア(マンチェスター・ユナイテッド)、ケパ・アリサバラガ(チェルシー)、ロベルト・サンチェス(ブライトン)、ペペ・レイナ(ラツィオ)、セルヒオ・リコ(パリ・サンジェルマン)などが欧州トップリーグでプレー。今やスペイン人GKは優良銘柄だ。

 日本人GKも変革の時を迎えているのかもしれない。権田修一は清水エスパルスに戻ってきたが、川島永嗣(ストラスブール)、中村航輔(ポルティモネンセ)、シュミット・ダニエル(シントトロイデン)などが欧州に戦場に戦っている。

「日本人GKは世界では厳しい。GKだけは帰化させられないか?」

 かつて、日本代表を率いたある外国人監督は語った。

 日本人GKたちはその偏見を打ち破ろうとしている。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事