ナーゲルスマンがバイエルン監督に。サッキ、モウリーニョ…プロサッカー選手歴のない監督は日本でも出るか

来季はバイエルンの指揮を取ることになったナーゲルスマン(写真:ロイター/アフロ)

プロサッカー選手歴のない監督たち

 ドイツの新鋭監督でライプツィヒを率いるユリアン・ナーゲルスマンは来季、名門バイエルン・ミュンヘンで指揮を取ることが内定したという。

 33歳になるナーゲルスマンは、プロ選手としての経歴はないに等しい。ユース年代は有望な選手だったが、ケガに悩まされ、20歳で引退。そこから指導者の道に入った。

 ユース年代の指導で、すぐに頭角を現した。名将トーマス・トゥヘルにセンスを認められていただけに適性があったのだろう。選手たちの信頼をつかみ、ドイツ国内で1,2を争うチームを作り上げた。その結果、28歳にしてトップチームの指揮を取って、ホッフェンハイム、ライプツィヒを実力以上に躍進させ、今や欧州で引く手あまたの若き指揮官だ。

 ヨーロッパでは、プロ選手歴がない優秀な監督は珍しくはない。

 ジョゼ・モウリーニョ、ラファ・ベニテス、トーマス・トゥヘル、アンドレ・ビラスボアス、ホセ・ボルダラスなど多数。アリゴ・サッキやベニート・フローロのように、昔からACミランやレアル・マドリードのようなビッグクラブを率いるケースもあった。日本代表を率いたアルベルト・ザッケローニも、十代で選手生活には見切りをつけた指導者である。

 では、プロ選手歴がない監督が台頭する時代が日本に来るのか?

選手歴のない監督が成功するカギ

 元ヴィッセル神戸の監督で、現在はマンチェスター・シティの”参謀”を務めるファン・マヌエル・リージョは、17歳の時には生まれ故郷のユースチームを率いていた。スパイクを脱いだのは、プロになる才覚がなかったからだが、サッカーに対する研究熱心さは人並外れたものがあった。十代のころから、選手にトレーニングで確信を持たせ、戦い方を伝える熱があったという。

 リージョの指導を受けた選手たちは、自然と心酔した。年上のベテラン選手もいたわけで、それは簡単なことではない。そして29歳の時には、史上最年少でリーガエスパニョーラ1部の監督になったのだ。

「監督として幸せ、というのはあまり感じないよ」

 リージョはそう明かしていた。

「なぜなら自分はずっと選手になりたかったし、その思いは残っているからね。サラマンカで(史上最年少監督として1部に)昇格した時でさえも、プレーしていた幸せの方があった。今も選手に対するリスペクトは消えていない。彼らには嫉妬もあるんだ。もっとできる、もっとやれる、それを伝えて、鍛える。監督の仕事はそれだけだ」

 その言葉に、アマチュア選手歴しかない監督が成功するカギがあるのかもしれない。

 ヴィッセルでもそうだったが、リージョはとにかく現場の選手、スタッフに愛されていた。

「彼のおかげでサッカーがうまくなった!」

 反逆児のように扱われていた選手も、メンバーを外された選手も、その信頼は揺るがなかった。これは神戸での仕事に限ったことではない。スペイン、メキシコ、中国など、たとえ結果が出なくても、現場から不満が出なかった。

 リージョへの監督のオファーが途切れなかった理由は明白だ。

<現場での指導に対する評価>

 それに尽きる。

 選手に対する求心力と言い換えてもいい。

選手に愛されるか

 日本ではプロ選手歴のない指導者たちが海外でライセンスを取得し、日本サッカーに挑戦しようとしているが、今のところ、うまくいっていない。

 例えば海外でどれだけ見聞を広めても、選手に認められない監督は道を拓くことは難しいだろう。よしんば、「サッカーオタク」と呼ばれる人たちのバックアップを得たとしても、指揮官としては通用しない。むしろ、現場にいる人たちには煙たがられる。理論ばかりが先走るからだろう。現場は生っぽい世界で、舌先三寸は嫌われるのだ。

 現場を生き抜く熱さがないと受け入れられない。

 リージョは哲学者のように理論を確立していたが、それ以上に人間味があった。指導現場では、コミュニケーションを大事にしていた。積極的に選手には声を掛け、その反応を見極め、心理状態を探った。例えば練習場のあいさつで、わざと体をぶつけたり、背中を叩いたり、不満をため込んでいないか、心理状態に気を配っていた。

「あの人は自分のことをわかってくれている」

 リージョは信頼関係を確立することができた。

 逆説すれば、日本人でも論理を実践できる熱さのある指導者は、プロサッカー選手歴がなくとも、道を切り開けるはずだが…。

<プロ選手ではなかったのに、監督なんてできるの?>

 その偏見が消えるのは、まだ先かもしれない。