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イニエスタにも通じる際立ったサッカーセンス。田中碧が作り出すプレーの渦

小宮良之スポーツライター・小説家
高須力@tsutomutakasu

守備陣形を崩す手立て

<守備陣形を作って、必死に体を張る>

 そんな相手を突き崩すのは、至難の業である。ボールをつなげ、運ぼうとすると、網の目にかかってしまい、ひっくり返されるかもしれない。強烈なカウンターだ。

 チーム戦術も大事だが、網を破るような個人が不可欠だろう。そこで、サイドから切り込み、ゴールに迫るアタッカーはキーマンとなる。例えば、三苫薫はその点でJリーグでも屈指と言えるだろう。

 一方、アタッカーにボールを配給する必要がある。そこに至るプレーの渦を作り出せるか。そのためには、まず攻撃の組み立てでボールを奪われてはならない。かと言って、横パスをさばくだけでは相手は崩れず、ぎりぎりまで引きつけ、味方を自由にするのだが、その際に狙われるわけで、簡単な作業ではない。ボールを出し入れしながら、相手を動かし、味方に猶予を与え、プレーの渦を広げる――。

 その点で、田中碧(川崎フロンターレ、22歳)は破格の存在である。

U―24代表アルゼンチン戦で見せた創造主ぶり

 田中は、U―24代表アルゼンチンを手玉に取っていた。ファウル覚悟で来る相手をいなし、少しでも空いたら、効果的なパスを入れる。ディフェンスラインの前で3人に囲まれる瞬間もあったが、相手の動きの裏を取って、エレガントにプレーを展開。敵を引き付けることで、スペースが生まれ、パスを受けた味方も次のプレーのアドバンテージを持っていた。

 第1戦と打って変わって快勝だったが、その理由の大半は彼の存在にあるだろう。

 田中はプレーの渦を生み出せる。その点で、他の追随を許さない。例えばJリーグで同じ匂いを感じるのは、アンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)だろう。もっとも、イニエスタは世界で誰も比肩できないレベルに到達したが…。

 田中もパスを受けるだけで、もしくは渡すだけで、プレーにリズムを創り出せる。その緩急が心地よい。プレーの渦を創り出し、その波紋の広がりは巨大で、味方は様々な選択肢を実現させられる。単なるうまい、では片付けられない。

 才能の象徴が、ダイレクトプレーか。その一場面だけで、プレーヤーとしてのクレバーさが浮き彫りになる。視野の広さ、イメージ、プレーを実現する技量、すべてが同時に揃わなければ成功できないからで、最も難しいが故に相手へ決定的なダメージも与えられる。味方からのパスだけでなく、もつれたボールも、ダイレクトでラインの裏や間にいる選手に流し込める。

 まさに、プレーの創造主だ。 

オフロード車

 田中のポジションは、インサイドハーフ、アンカー、もしくはボランチだろうか。しかしピッチのどこにいても、プレーにダイナミズムを与えられる。相手のラインを破るようなパスを出し、ラインを破るようなランニングを入れ、破られたラインをカバーする。戦術的なレベルが非常に高い。

「Todoterreno」

 スペインサッカー界ではこうした全域にわたってプレーできる選手を「オフロード車」と表現する。

 田中は、パスの出し手に甘んじていない。自ら走ってラインを越え、ボールを引き出せる。そのタイミングやスピードが抜群で、ボールを受けた後のコントロールとキックの精度も際立って高い。

 インサイドハーフでプレーするときは、サイドに開いてポジションを取って、相手の横っ腹を抉れる。ボールを動かすだけでは崩れないところ、自らポジションを変えることで幻惑し、かく乱できる。

 特筆すべきは、すべてのプレーが味方に恩恵を与える点だろう。例えば川崎では、サイドまでカバーできることによって、家長昭博の守備の負担を大きく減らしている。結果的に攻め残れる家長の得点が増えているのだ。

高須力@tsutomutakasu
高須力@tsutomutakasu

日本サッカーが生んだ才気

 田中はトータルなプレーヤーと言えるだろう。どのポジションにいても、やるべきことを知っている。卓抜とした感覚を守備に生かし、ラインを越えてきた相手を潰し、カバーすることもできる。

 イニエスタも「サイドバックでも、リベロでもできる戦術眼」と言われたが、トータルプレーの最たるものだ。

 アンカーでプレーするとき、田中は際立ったカバーリングを見せる。本来は攻撃的なキャラクターの選手なのだろうが、このポジションでもJリーグナンバー1と言える。身体的にも恵まれているだけに球際にも強く、強度も高く、攻撃を阻める。ヘディングも、決して弱くはない。言うまでもないが、後方のパスの出所として長いパスを使い、一瞬で起点を作れる。

 川崎では、代わりがいない選手だろう。

 昨シーズン、圧倒的な強さを誇った川崎だが、中でも田中が先発した試合は一度も負けていない。その存在自体が勝利する法則か。それは今シーズンも変わっていない。

 付け加えると、田中はプレースキックも蹴れる。これだけのMFを見つけるのは難しいだろう。日本サッカーが生んだ偉才だ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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