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「もう一度、ボールを蹴りたい」。ケガとの格闘に勝った34才MFがスペイン代表復活

小宮良之スポーツライター・小説家
1年半以上のブランクを乗り越えたカソルラ。スペイン代表にも復帰した。(写真:ロイター/アフロ)

「自分の年齢を考えても、代表に戻るなんて、夢にも思っていなかった」

 そう語る34才のMFサンティ・カソルラは今年5月、4年ぶりにスペイン代表へ復帰している。6月7日、EURO2020予選、フェロー諸島戦で先発。敵地で1-4の勝利に貢献した。かつてカソルラはシャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバと中盤を構成し、2度のEURO優勝(2008、2012年)を遂げた。久々の代表返り咲きとなった。

 しかし、これは単なるベテランの復帰ではない。

奇跡的な復活

「ドクターたちの存在がなかったら、不可能だった。この素晴らしい1年間を、忘れることはできないだろう。少しも想像しなかった展開だ」

 2年ほど前、彼はケガに悩み、サッカー選手として岐路に立っている。

「普通の歩行ができて、庭で子どもたちと遊べるようになったら、良しとするべきでしょう」

 医師からは一時、そこまで深刻な宣告を受けていた。

 その彼が、2018-19シーズンは所属するビジャレアルで主力としてプレー。カップ戦も含め、46試合に出場し、7得点を記録。ヨーロッパリーグはベスト8,リーグ戦では1部残留の救世主となった。リーグ戦で10アシストはチーム最多で、リーグ5位の記録だ。

 その働きが認められ、「模範となる選手。この1年、高いプレークオリティを示した」(代表コーチ)と代表に復帰した。

 それは一つの奇跡だった。

ケガは選手にとって十字架

「CALVARIO」

 スペインでは「十字架の道行き」とケガの試練をそう表現することがある。まさに十字架を背負って足を一歩ずつ進めるようなもの。”聖地”を目指し、黙々と進むしかない。

 2015年12月、カソルラは左膝前十字靱帯を断裂している。これで、約半年の戦線離脱を余儀なくされた。しかし少しも怯むことなく治療、リハビリに挑み、見事に復帰を果たしている。

 ところが、2016年12月からは右足首の原因不明の痛みに悩まされることになった。なんと、8度にも及ぶ手術。勇敢に立ち向かったが、一向に改善しない。足首にメスを入れる。それはサッカー選手にとって、一度であっても重大事である。それをたった約1年で8度も受けているのだ。

「さすがにきつかった」

 カソルラは心中を洩らしている。腕の皮膚を足首に移植。娘の名前が入ったタトゥーの一部が足首に入ったが、縫い目からはとめどなく膿が出てきた。

「これ以上、続ける価値はあるのか」

 本人の苦悩は当然だろう。どれだけの人が、この試練に耐えられるだろうか。ほとんどの人は投げ出すはずだ。

 2017年5月、イギリスでの治療を半ば諦め、スペインに戻って医師の診断を受けたときだった。足首内にバクテリアが侵入し、アキレス腱を8cmも食べていたことが発覚した。骨も腐食しかけていたという。

 ボールを蹴られるはずがなかったのである。

もう一度ボールを蹴りたい

 スペインでの手術は無事に成功した。しばらくは足を引きずるように歩くので精一杯だった。しかし、カソルラ本人は常に前向きで堅く信じていたという。

「自分は必ず、ピッチに戻る。それも、下のカテゴリーではない。トップリーグで、もう一度ボールを蹴る」

 懸命のリハビリを行い、歩いて、走って、ボールを蹴り、プレーを再開した。

 そして今シーズン、プレミアリーグのアーセナルから故郷のクラブ、ビジャレアルに戻っている。2年近いリハビリ生活の後だった。受け入れてもらえたのは、彼の人柄によるものだろう。

 特筆すべきは、カソルラがイギリスのドクターたちに恨み言を口にしていない点だろう。ネガティブな側面には眼を向けない。誤診とも言えるようなミスだったし、そのせいで8度もメスを入れられ、痛みにもがき、復帰のメドは立たず、絶望しそうになった。にもかかわらず、彼は真っ直ぐに復帰だけを目指し、それを果たした。

「自分はたいしたことはしていない。もっと困難な挑戦をしている人はいくらでもいる」

 カソルラは言う。

 その人徳は、聖人に近い。

プレーできる喜び

 ビジャレアルで復帰したカソルラは、シーズンを通じてピッチに立って、力強く攻撃を牽引している。ヨーロッパリーグではスーパーサブとして存在感を示し、準々決勝進出に貢献。そしてリーグ戦では低迷したチームをプレーで叱咤し、どうにか踏みとどまらせ、見事に残留させた。そのボール技術は少しも錆びついていない。敵の裏をかくパスで、決定的なシーンを創り出した。

「どこで終わりを迎えるか? そんなの考えていないよ。今は日々、サッカーボールを蹴られることを楽しんでいる。こういう日々がずっと続けばいいね!」

 カソルラはスポーツ紙のインタビューに答え、その心境を語っている。

 2019-20シーズンも、ビジャレアルと契約を更新することが決まった。中国、カタール、アメリカ(MLS)からは、札束を積み上げられたが、彼は残留を希望した。2年間、ピッチに立てなかった思いをぶつけるように、高いレベルでのプレーを求めている。

「今も痛みはあるけど、それは生活の一部。プレーできる喜びの方が大きい」

 カソルラは笑顔で言う。サッカーへの熱情が、彼を若々しく突き動かす。それは聖者の行進のようにも映る。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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