ビジャがヴィッセル神戸へ。世界最高ストライカーがJリーグで見せる男気

ニューヨーク・シティで味方FWのゴールを祝福するビジャ(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 元スペイン代表FWダビド・ビジャ(37才、ニューヨーク・シティ)が、2019年シーズンからヴィッセル神戸でプレーすることが発表された。

 ビジャはスペイン代表歴代最多得点を誇る。スペイン史上最高のゴールゲッターと言えるだろう。バレンシア、FCバルセロナ、アトレティコ・マドリーなどビッグクラブでもゴールを量産してきた。37才になったものの、新天地に選んだMLSでも2016年シーズンのMVPに輝き、2017年9月にはその決定力が再評価され、一時的にスペイン代表にも復帰するなど、その力は衰えていない。

「自分はストライカーだから、やっぱりゴールがすべて。スーパーゴールであれ、PKであれ、ぼてぼてのごっつあんゴールであれ、どんな形でもいい。ゴールすれば嬉しいし、仕事を果たした、という気分になる。みんなが僕にゴールを求め、声援を送っているのは知っている。チームメイトだって祈る気持ちだろう。その期待を裏切らないようにしないとね」

 バレンシア時代のインタビューで、当時二十代前半だったビジャは語っていた。その流儀を貫き、彼は完全無欠のストライカーになった。

 では、いかに点取り屋となったのか――。

父メルの影響

 ビジャは、父であるメルの影響を色濃く受けていると言えるだろう。

「息子の将来は息子が決める。サッカーをやめさせるくらいなら、勉強などしなくてもいい」

 それがビジャの父であるメルの教育方針だった。学校の面談で、あまりに学習意欲のない息子について注意されたとき、メルは先生に向かってそう反論した。それが教育として正しいか、間違っているか、という話ではない。そういう家庭だった。

 一方、メルはしつけは厳しくした。仲間を思う心を軽く見ているようなとき、あるいは目上の人に接する態度がおざなりだったときは許さなかった。烈火の如く怒り、その姿勢を正した。

 それはメル自身が炭鉱作業員だったことと、関係しているかも知れない。炭鉱の仕事は、常に生命の危険と隣り合わせ。一人が気を抜くことで、落盤や火事など、取り返しのつかない事故が起こる。それぞれが助け合い、一丸となって物事に当たらないといけない。

 ビジャの人生観は、そうした父の信条と結びついている。

 そのため、ビジャのプレーにはナルシズムの匂いがまったくしない。多くのゴールゲッターは、必然的に我が強くなる。さもなければ、エリア内での厳しい闘争に勝ち、ゴールするのは難しい。しかし、ビジャはチームを助けながら、自らもゴールを奪える異能を持っている。それ故、スペイン代表もEURO、W杯というビッグタイトルを勝ち取ることができたのだ。

ビジャの男気

 男っぽさ。

 それが、ビジャを動かす軸になった。

 ビジャは17才まで、トップチームは4部クラブのユース所属。9歳の時には、当時1部にいたオビエドのテストを受けたが、不合格だった。その後も、目をかけられていない。しかし決して下を向かず、プロになることを信じ続けていた。

「挫折? ふん、私は気にしていなかったよ。そんなことは、フットボールの世界ではよくあることだから」

 父メルは悠然と言っていた。

「私は仕事が終われば車で作業着を脱いで着替え、隣町にある練習場まで息子を毎日送り迎えした。雨だろうと、風が強かろうとね。大事なのは結果を云々することじゃない。人生で大切なのは、なにがあろうと懸命に続けることだ。私は息子の才能を信じていたよ」

 炭鉱の町では、雨が降ると石炭が水に溶けてしまい、シューズもユニフォームも真っ黒になる。ビジャはそんな環境でも、得点を奪い続けたという。冬は北風が厳しく、サッカー好きの少年たちも寒さに家に籠もりがちになった。しかし彼だけは一人でも壁にボールを蹴り続けた。

 めげず、腐らず、立ち向かう。とにかく前進する。折れない心というのか。結局、そうして培ったものが、プロ選手となった今も、アドバンテージになっている。正念場でこそ、彼はゴールを決めた。仲間に祝福され、彼はそれをさらに返してきたのだ。

ビジャがJリーグで見せてくれるもの

 ビジャは今回の神戸移籍、年俸は度外視してやって来ている。かつて共に戦ったアンドレス・イニエスタと再び共闘し、新たなページをめくるために。純粋にそのためにJリーグにやってきたのだ。

「僕はいつだって期待に応える準備はできている。自分は年齢でモノを考えない。情熱や夢はあるか? それを自分に問いかけて生きている」

 ビジャは2017年に35歳で代表に復帰したときに言っている。それが彼の哲学と言える。言い換えれば、男はJリーグに情熱と夢を感じた、ということだ。

 2019年、ビジャがJリーグを席巻するとき――。神戸もクラブ史上初の戴冠に近づいているだろう。