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なぜバルサは"戦士"ビダルと契約したのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
昨シーズンまではバイエルンでプレーしていたビダル(写真:ロイター/アフロ)

 芸術を追求するバルサが、なぜ"戦士"ビダルを獲得したのか?

「醜く勝つなら、美しく散れ」

 バルサの始祖とも言っていいヨハン・クライフの理念が、クラブには今も脈々と息づいている。下部組織であるマシアからボールプレーの美しさを追求。バルサは"芸術家集団"に近い印象もある。

 にもかかわらず、なぜ屈強な戦士とも、献身的な労働者とも言えるチリ代表MFアルトゥーロ・ビダル(31才)を獲得したのか?

バルサの伝統

 バルサのサッカーは、ボールポゼッション(ボールを持つこと)に基本がある。

「自分たちがボールを持っていたら、失点することはない」

 90年代初頭、クライフが提唱したサッカーを守り続けてきた。ボールを失わないために技術を最大限に高める。「ロンド」と呼ばれる輪になって、ボールを回し続ける練習は象徴だろう。ハイテンポの中で精度が必要とされ、新参選手は面食らう。技術力はバルサの選手として欠かせない。

 その点、ヴィッセル神戸に移籍したアンドレス・イニエスタは、バルサイズムの権化と言える。簡単にパスを出せているように見えるだろうが、ディテールの技術を用いていることで、それは成立している。

 バルサ=芸術。

 その式が成り立たなくもない。

 しかし完璧なチームを作るには、不完全なものを容れててこそ、完璧に近づける。

スタイルを完全にする異質な選手

 バルサでは、伝統的に高度な技術を持つ選手を求める一方、プレーにインテンシティを入れられる選手も欠かせない。

 例えば、伝説的なキャプテン、カルラス・プジョルはBチーム時代は一番下手だったが、その闘志と肉体によって、チームの戦闘力を向上させた。攻守両面において高いプレー強度で、相手よりも優位に立てる。そのおかげで、たとえ技術的には無骨でも、戦略的に欠かせない選手になっ。

 あのクライフも、フリオ・サリーナスの単純な高さ、強さを高く買っている。技術的には明らかに劣ったサリーナスのプレー強度を、巧妙に用いた。技術オンリーになってしまうと、ナイーブな集団になりかねないのだ。

 そして中盤には、「6番」と言われる選手が伝統的にいる。

 クライフ時代に6番を背負ったのは、ホセ・マリア・バケーロだった。ドリームチームでは、前線でワンタッチプレーをしてからゴール前に顔を出し、多くの得点を入れている。バルサの選手はポジションを守って、早いパス回しからゴールに向かうが、バケーロはフリーランニングで攪乱。走力の強度が高い選手で神出鬼没、エリア内に入ったときにヘディングでの得点も多く、ボールをヒットする感覚に優れていた。

パウリーニョの活躍

 昨シーズン、監督に就任したエルネスト・バルベルデは、6番の重要性に着目している。バルベルデはクライフが監督時代のバルサでプレー。バルサのパズルを完成させるのに足りないものを知っていたのだろう。

 6番の系譜を継いだのが、ブラジル代表MFパウリーニョだった。

「バルサに向かない」

 入団当時、否定的な声が多かった。しかし、パウリーニョはエネルギッシュに躍動し、リーグ優勝に貢献。9得点を記録しているが、これはリオネル・メッシ、ルイス・スアレスに次ぐゴール数である。二列目からエリア内に飛び込み、決定的仕事をやってのけた。

 バケーロもそうだったが、パウリーニョもトランジション(攻守の切り替え)の際に真価を発揮する選手と言えるだろう。ボールを奪い返した瞬間、放たれた弾のように前に出られる。相手の虚をつけるというのか。もしくは、そのキャラクターを見せつけることで相手を警戒させ、ポジション的ズレを生じさせられる。

 しかし、パウリーニョは今年の夏、電撃的に中国に戻ってしまった。

 バルサは、パウリーニョの代わりにビダルを必要としていたのである。

戦士、ビダル

 ビダルは、チリ代表でファイターとして名を馳せる。果敢な守備と勝利への執着は際立つ。ユベントス時代はセリエAで2年連続二桁得点を記録するなど、得点力にも特長があるMFだ。

「戦士の一面を持っている」

 バルベルデ監督は、ビダルについて語っている。

「ビダルが中盤にエネルギーをもたらしてくれることを期待している。経験のある選手で、試合の流れから消えない。(バルサにいる選手とは)変わったタイプの選手だが、パウリーニョに近いだろう」

 ビダル監督に関しては、「スタイルに合わない」と危惧する声が消えない。しかし、グアルディオラはバイエルン・ミュンヘンの監督として、ビダルを重用しているのだ。

「否定的意見があるのは承知している」とバルベルデは言う。

「昨シーズンもパウリーニョのプレーを1分も見ないうちに批判している人たちがいたが、実際、彼はいい仕事をしてくれた。バルサのようなクラブは、いろんなタイプの選手がいるべきだろう。スタイルを形作る選手がいれば、そのプレーを豊かにする選手がいる、例えばアビダルも違うタイプの選手だったが、順応することで活力を与えた」

 バルベルデが言うように、スタイルを完全にするには異なる選手を組み入れ、順応させるのは一つの手だろう。

 ただ、不安視される理由はある。

バルサの伝統を守る難しさ

 イニエスタが退団したことによって、バルサ色は薄れつつある。バルサの下部組織であるマシアの影響力が弱まっているのは事実だ。

「マシアこそが、バルサ」

 そう言われるバルサで、スタイルを継承していかないと、アイデンティティを失うことになる。ビダル獲得は活躍の場を奪うことになりかねない。一方で大金を叩きながら、相応の活躍をできていない外国人選手が多いのも批判を煽るのだろう。昨シーズンも、アンドレ・ゴメス、ヴェルメーレン、ディーニュ、アルダ・トゥランらは満足な稼働をしなかった。

 アメリカツアーでは、イニエスタの8番を暫定的に背負ったMFリキ・プッジのような若手が台頭している。昨シーズンはケガとレンタル移籍で活躍の場はなかったが、MFラフィーニャも才能は間違いない。ケガから復帰次第、トップ定着が見込まれるMFカルラス・アラニャーのような才気も擁しているのだ。

 なにより、ビダルは自らをキングと名乗るなど自尊心が強く、バックアッパーに甘んじるとは思えない。昨年夏にはナイトクラブで乱闘事件を起こした。酒瓶で相手を殴打し、重傷を負わせている。率直に言って、感情の制御ができないところがあり、バルサの選手としてふさわしいのか、疑問が残る。

 ビダルはチームに刺激を与えるはずだが、劇薬にもなりかねない。バルベルデにとっては難しい舵取りになるはずだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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