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ロシアW杯、スペイン「無敵艦隊」轟沈の必然。ルイス・エンリケ監督が誕生!

小宮良之スポーツライター・小説家
バルサで3冠を勝ち取るなどしたルイス・エンリケがスペイン代表新監督に就任した。(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

 PKキッカーを決める折だった。フェルナンド・イエロ監督がメンバーを選び、セルヒオ・ラモス、ダニエル・カルバハルが1、2人目となった後、3人目のコケで紛糾する。イエロが「コケで大丈夫」と言う一方で、ジエゴ・コスタが「大丈夫だって?」と口を挟む。ここで主将であるセルヒオ・ラモスが、「蹴りたいか?」とコケに聞く。コケは「ハイ」と答える。これで人選は決まった。

 しかし、PK戦でコケが外してしまう。

「だから言ったじゃん」

 ジエゴ・コスタがイエロ監督に向かって皮肉る場面が、カメラにキャッチされていた。

 この1シーンだけでも、イエロ監督がチームを掌握できていなかったことが伝わるだろう。

 しかし、相応の事情はあった。ポルトガルとの開幕戦2日前に、イエロは監督に就任しているのだ。

イエロには荷が重すぎた

「イエロは選手としてのキャリアは素晴らしいが、監督としては成熟していない」

 大会前、ドイツの名選手で、名監督でもあるベルント・シュスターはそう警鐘を鳴らしていた。

 イエロはレアル・マドリーであらゆるタイトルを勝ち取っている。円熟してセンターバックとして定着する格好になったが、ボランチとしても高いレベルのプレーを見せている。右足のグラウンダーで足元に入れるパスは、比類がなかった。万能な選手で、攻撃的MFとして得点王を争ったシーズンまである。

 2005年夏に引退後、2007年にスペインサッカー連盟入り。代表のスポーツディレクターに転身し、2011年からは同じようにマラガでも強化を担当している。

 しかし、監督としての経験は、2016―17シーズンの2部オビエドでの1年間だけだ。端的に言って、監督としてのイエロは経験不足。W杯という緊迫した舞台で戦う一流の選手たちを、経験の乏しい監督が束ねられるはずはなかった。

「もっとできたと思うし、もっとやらなければならなかったと思う。ただ、大会開幕を前にして、我々には思いもよらぬことが起こってしまった。その決定に関し、私は云々する気はないが、不安定な状況がチームにとって良いはずはない」

 セルヒオ・ラモスは苦しい心中を語っている。

「この責任は、イエロを監督にさせざるを得なかった2人にある」

 それが国内の世論である。2人とは、スペインサッカー連盟のルイス・ルビアレス会長とレアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長を指している。

マドリーの事情で代表を混乱させた罪

 大会開幕前まで、ジュレン・ロペテギがスペイン代表の指揮を取っていた。就任以来、約2年間、一度も負けていない。万全の状態で、W杯に挑んだ…そのはずだった。

 ところが、ロペテギ監督は開幕のポルトガル戦2日前、レアル・マドリー監督就任を発表した。1ヶ月前に代表監督としての契約を更新したばかりだったが、世界王者マドリーからのオファーをはねつけられる人間は少ない(とくにスペイン人にとって、その誘惑は強いものがある)。ロペテギ本人にとっては一か八かの決断だったが、直後に解任されるとは思っていなかったのではないか。しかし、あっさり首をはねられた。

 まずは、強引な契約に持ち込んだマドリーのフロレンティーノ・ペレス会長が、批判の矢面に立つことになった。

 マドリーは欧州チャンピオンズリーグで前人未踏の3連覇を達成した後、ジネディーヌ・ジダン監督が突如、辞任を発表。青天の霹靂だったのだろう。ペレスは監督を招聘する義務を背負った。

 ただ、マドリーの事情で代表を混乱の坩堝に叩き入れただけに、非難は避けられない。

最大の戦犯か

 一方で、スペインサッカー連盟のルビアレス会長も、「即刻、解任というのは次善策ではなかった」と断罪されている。ルビアレス会長としては、発表直前に聞かされた話で、プライドが許さなかったのかも知れない。ないがしろにされた、代表を軽く見られた、という気分だったのか。

「連盟との契約がありながら、大事なこの時期に他と交渉して発表するなどあり得ない」

 ルビアレス会長の憤慨はもっともだ。

 しかし、チームの空中分解は十分に予想できたはずだった。

 いずれにせよ、「無敵艦隊」はほとんど自沈した。戦術を云々する前の話。戦う前から敗れていたのだ。

新生スペイン代表の可能性

 では、スペインは再び帆をあげられるのか?

 まず、紛糾していた監督人事がようやく決した。後任候補、1番手はベルギーを率いるロベルト・マルティネス、2番手はキケ・サンチェス・フローレスと言われていたが(イエロは監督を辞任。ディレクターとしての契約は残っていたが、自ら連盟から去っていった)、結局、一昨シーズンまでバルサを率いていたルイス・エンリケに決まった。

 ルイス・エンリケの最初の仕事は、変革期を迎えたチームと向き合うことにある。

 34歳のアンドレス・イニエスタがすでに代表引退を発表。セルヒオ・ラモス、ダビド・シルバも32歳で、残された時間は多くはない。グループリーグ、第2戦のイラン戦後には、ジェラール・ピケが代表引退を示唆。その後、代表引退を口にしていないが、秒読みと言われる。

 懸案は、イケル・カシージャスの後を継いだGKダビド・デ・ヘアが、ロシアで散々な目に遭った点だろう。批判の的になってしった。23歳と若いが優秀なケパ・アリサバラガが控えているとは言え、ゴールマウスが安定しないと、チーム全体に不安を与える。第3GKのホセ・マヌエル・レイナはすでに35歳なのだ。

ティキタカの今後

 スペインは「ティキタカ」と言われるパスサッカーで世界に君臨してきた。その点、ルイス・エンリケは「ティキタカ」の原型であるバルサを率いていた。「ティキタカを熟知する」という声もある。しかし当時、実際に採用していたのは「MSN」に象徴されるようなカウンターサッカーだった。しかも、イニエスタの引退などでバルサ色は薄まる。

 今後は、どのようなプレースタイルを信奉するのか。

 人材がいないわけではない。

 今回もメンバーに入ったマルコ・アセンシオのように、新鋭も擁する。他にもセンターバックでウナイ・ヌニェスらアスレティック・ビルバオ勢が台頭し、アイメリク・ラポルトがスペイン代表入りすれば面白い。レアル・ソシエダの左利き攻撃的MFミケル・オジャルサバルも牙を研ぐ。中心選手になれる素材だろう。ベティスのMFファビアン・ルイスもクレバーで球出しが良く、ティキタカを継ぐ者となるだろう。2部時代に見たミケル・メリーノも衝撃を与え、今後は代表入りの可能性が十分あるはずだ。

スタイルの踏襲

 世代交代で多少苦しむことはあるだろうが、監督次第ではいいチームが出来上がる。ボールプレーヤーが多いし、ウィンガータイプもいるだけに、「ティキタカ」を踏襲すべきだろう。ボールをつなぎ、運び、サイドで幅と深みを作り、崩してゴールを決める。EURO2008でルイス・アラゴネス監督が編み出したスタイルだ。

 ブスケッツ、アルバの二人はベースになるか。ロシアW杯で宝の持ち腐れだったイアゴ・アスパスには期待だが、彼以上の若手の台頭も必要だろう。ラス・パルマスにいるファン・カルロス・バレロンの話では、ペドリという化け物になる可能性を秘めた15歳の選手がいるという。アンドレス・イニエスタを彷彿させると言うが…。

 結局は、ルイス・エンリケ次第。バルサ時代と同じ、ヘッドコーチ、フィジカルコーチ、メンタルコーチの入閣も決まっている。9月、新生スペイン代表は新たな船出となる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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