Yahoo!ニュース

レイソルGK中村はハリルJAPANの運命を変えられるか?

小宮良之スポーツライター・小説家
北朝鮮戦で代表デビューを飾ったGK中村航輔(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

「潮目を変える」

 それが偉大なゴールキーパーの条件と言われる。入れられても仕方のないシュートというのはあって、ゴールキーパーを責められはしない。しかし結局のところ、それを際どくもはじき出せるかどうか、で非凡と平凡のゴールキーパーはわかれる。「決まった」と誰もが思った瞬間に、それを防ぐことができたら、試合の流れは変わる。それによって、失点をしない、というのと同時に、味方は落ち着きを取り戻し、反撃の心理に火が付き、敵はたじろぐのだ。

 E-1開幕戦、北朝鮮戦で代表デビューをはたした中村航輔(柏レイソル、22歳)は、そういう「潮目を変える」ポテンシャルを持つGKと言えるだろう。

線でプレーするGK

「コースケはモノが違う」

 柏レイソルのユースからトップチームに練習参加した時点で、トップの主力たちは揃って、その能力の高さに目を瞠ったという。

 中村はまず集中力が高く、シュートに対して最善の準備ができる。同時に、目が良い。軌道を読める。そして相手のアクションに応じ、"後の先をとる"反射神経が抜群に優れている。また、己の体を自在に使え、動きは俊敏で、猫が弾むようだ。

 北朝鮮戦でも証明したように、中村はシュートストップに傑出した冴えを見せている。ボールの軌道を瞬時に判断し、体を飛ばし、手足を伸ばす。その単純な動きを、恐るべき質の高さでやってのける。

 GKには、大別して「線でプレーするタイプ」と「面でプレーするタイプ」がいる。前者は二本のゴールポストの間に引かれたゴールラインを主なテリトリーとし、そこからボールを割らせない。後者はエリア内をテリトリーとし、高いラインに対してもリベロのようなポジションを取って、ハイボールに対しても積極的に出て、事前にエリアで防御する。

 中村は前者のタイプだろう。ラインを背に、動物的感覚でシュートをはじき出せる。1対1のときも、シューターと正対したときに「居合抜き」のように斬り合いを制する。圧倒的な反射神経をてこにして、精神的に優位に立って挑むことができるのだ。

タイプとして似ているのはカシージャス

 世界的に、タイプとして似ているのはイケル・カシージャス(FCポルト、36歳)だろう。

 カシージャスは身長も現代GKとしては高くなく(中村と同じく)、「クロスに弱く、足技も拙い。前に出られず、カウンターに脆い」と批判されることもあった。しかし18才でデビュー以来、俊敏さと将来性が取り柄だったカシージャスは、小兵ゆえの空中戦の不安と経験不足を、「実戦で一流選手のクロスを受け、彼らと試合を戦うこと」で払拭していった。場数を踏むことによって、勝負師としたの感覚を研ぎ澄まし、神懸かったセービングを確立した。

「PISTOLERO」(ガンマン)と言われる、経験の積み重ねと天賦の才が混ざり合ったシュートストップを見せるようになった。やがて、「聖なる守護神」の称号を得て、、レアル・マドリー、スペイン代表で欧州、世界の頂点に立ち続けた。

運命を切り拓いてきた力

 現時点で、中村は代表ではあくまで川島永嗣の控えだろう。経験だけなく、安定感もシュートストップの力も一歩劣る。川島の成熟は目を瞠るものがあるだろう。

 しかし、中村のセービングには遠からず序列を変えていく予感がある。

 中村はユースからトップに昇格する時期、右手首骨折や半月板の負傷など、いくつものケガを乗り越えている。GKというたった一人にしか与えられない(試合中の交代もほとんどない)ポジションで、ケガの多発は選手人生に関わる大きなマイナス要素だろう。しかし、それすらはねのけてしまう非凡さがあった。

 2015年に期限付き移籍したアビスパ福岡では、20歳の時に何度となく試合の流れを変えるビッグセーブを見せ、J1昇格に大きく貢献。経験が物を言うポジションで、この若さでここまでの輝きを見せたGKは過去のJリーグでも片手で数えるほどだろう。2016年には、前年まで不動の正GKだった菅野孝憲からポジションを奪い取る形で、レギュラーの座に収まった。同年、リオ五輪代表に選ばれ、代表招集も受ける。そして2017年は幾多の好セーブでベストイレブンに選ばれ、北朝鮮戦で代表デビューを飾った。

 中村にとって、試合の潮目を変えることが自らの運命を変えることなのだろう。

 では、偉大なゴールキーパーたちに肩を並べられるのだろうか?

 昔、カシージャスに「君を一番驚かせたアタッカーは誰?」という質問をしたときだ。彼は思わず引きずり込まれる答えをした。

「・・・自分をTVで見たときが一番驚いた。画面に映る自分は全く自分ではないようだった。違う性格、違う才覚を宿したような。闘神? うーん、そうともいえるが、どう形容していいのか分からない。とにかく別の人格を持つ他人のようだった」

 カチッ、とスウィッチが入る。その瞬間に変身する。そんなヒーローだけがチームを救い、勝利に導ける。

「最後は彼がいてくれる」。人々がそう祈りを込めるようになったとき――。別次元のGKが誕生しているのだろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事