Yahoo!ニュース

ロシアW杯出場のノルマ達成も。ハリルホジッチは単なる嫌われ者なのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
井手口のゴールを喜ぶハリルホジッチ監督(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

「一部のマスコミの方は、私に(日本代表から)早く出て行って欲しいようだが・・・」

 日本代表を率いるヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、先日のオーストラリア戦が終わった後の記者会見でそう洩らしている。ロシアワールドカップ出場が決まった席での発言としては、異例のことだろう。ハリルホジッチは「プライベートの問題がある」としたが、その当夜、マスコミからの質問は一切受け付けなかった。監督登壇まで30分近く待たされた会場では、ため息が漏れた。

 ハリルホジッチに関しては、その"奔放さ"にこれまでも多くの批判が向けられている。

 では、ボスニア系フランス人指揮官は単なる嫌われ者なのか?

ハリルを連れてきた男の証言

 筆者は"ハリルを連れてきた男"にじっくりと話を聞いたことがある。当時、技術委員長だった霜田正浩氏だ。

 なぜ、ハリルホジッチは日本人を逆撫でするような行動に出るのか?

 率直に真意を訊ねた。

「日本とフランスのコミュニケーションの違いというのもあると思うけど・・・。ヴァイッドは一方通行を嫌う。周りのリアクションを待っているんだ」

 霜田氏は語った。

「例えば、縦に速いサッカーという言葉は独り歩きしてしまったが、なにもヴァイッドは『それ以外はやるな』と命じたわけではない。『相手が守備を固めてからではこじ開けるのは大変だから、いけるときには速い攻撃を仕掛けるべき』と言っただけ。ポゼッション一辺倒ではなく、使い分けるんだと。日本人の力を信じ、自主性を促そうとしてきた。判断しろ、とオプションを提示してきたんだ」

 しかし、結果的にその提示は高圧的なものとして受け取られた。

 ハリルホジッチは就任当初からJリーグを軽視するような発言をしている。「(Jリーグの選手は)フランスの2部でも通用しない」という言い方は不必要な反発を買った。「他に代わりになる選手はいるのか?」と出場機会の乏しい欧州組を選出した理由を皮肉混じりに語ったこともある。選考基準がフィジカル重視で日本人選手の体重管理にまで言及し、子供扱いしたような印象も広まった。

「選手の名前を覚えていない」

 そんな不満まで出た。日本サッカーをバカにしている、という印象が強くなった。

 ただ、1ヶ月弱でハビエル・アギーレ監督の後任を見つけるというミッションを託されて成功した霜田氏は、ハリルホジッチを選んだ理由をこう説明している。

「自分は監督と交渉するとき、肌感覚というか、目と目を合わせるのを大前提にしている。候補リストは10人に絞ったが、実際に会ってヴァイッドは熱意が違った。コンタクトを取って三日後に初めて会った時点で、日本代表について分析した膨大なデータを手にしていた。ミーティングには分厚い資料を持ってきてね。直前のアジアカップの詳細な分析まであった。日本代表選手のことを本当によく知っていたよ。それにお金の話を一切しなかった。ヴァイッドは誤解されることはあるかもしれないが、心の底から日本のことを思っている」

 おそらく、ハリルホジッチが嫌われる理由は、その人間性との衝突にあるのだろう。

 しかしそうした「性格の不一致」を取っ払うと、そこまで叩かれる監督でもない。

ハリルの勝負勘

 そもそも日本サッカーの実績では、よりどりみどりで監督を選べるわけではないだろう。欠点も踏まえて、長所を重んじて選ぶことになる。その点、霜田氏をトップとした当時の現場は吟味した結果、ハリルホジッチを選んでいる。有力なイタリア人監督と接触し、サッカーファンなら誰もが知るようなブラジル人監督からは向こうからオファーがあったが、それらに見向きもせず、ハリルホジッチの手腕に賭けた。

「ブラジルW杯を踏まえ、ポゼッションに囚われず、泥臭い戦いで引き分けられる監督を探した。それはベタ引きをするという意味ではない。ヴァイッドなら、ワールドカップに出たときに勝ち点を稼げるサッカーを狙ってできる、と判断した。一方で、リスクを冒せる勝負勘もあると見込んだ」

 霜田氏は契約の理由を明かした。

 そして先日のオーストラリア戦、ハリルホジッチは見事にその期待に応えている。敵将が泡を食うほどに陣容を変え、若い選手の力を十全に引き出した。システムも4―2―1―3を基本にしてきたにもかかわらず、大一番を前に4―1―4―1とがらりと変化。前線からの猛烈なプレスでポゼッションを封じ、オーストラリアの持ち味を消し、戦術的な勝利をもたらした。

 日本人選手の体格や特性を考えれば、アルベルト・ザッケローニ監督が目指したスタイルが馴染みやすい。フットボールとしてみたときの魅力もある。可能性も広がる。しかし、その戦い方だけでは世界で打ち砕かれることが証明されてしまった。

「現実路線を採り入れる」

 それが霜田氏の判断で、その人選がアギーレであり、ハリルホジッチだった。

ハリルJAPANの戦い方

 ハリルホジッチのスタイルは、「相手の逆手を取る」ところに重点が置かれる。長所を消し、短所を抉る。それは創造性には欠けるが、ポゼッションを打ち立てたオーストラリアを格好の的にした。後半、原口元気が敵陣で相手に強烈なプレスを仕掛け、こぼれ球を井手口陽介が拾って叩き込んだシーンは象徴的だろう。戦術的な駆け引きも、選手交代を含めた用兵も、完璧に近かった。

 昨年10月のオーストラリア戦もシステムは違うが、ハリルホジッチは受け身のコンセプトで優位に立ち、敵地で勝ち点1を稼いでいる。

 ハリルホジッチは主体的ポゼッションをすべて否定しているわけではない。本田圭佑の選出に固執していたのも、昨年11月、サウジアラビア戦の後半で見せたように、チームにポゼッションをもたらせるからだろう。今回のオーストラリア、サウジ戦でも、香川真司だけでなく、小林祐希、柴崎岳も招集している。

 ただ、オーストラリア戦は現実的に彼らの起用はリスキーだった。本田はメキシコでデビューしたばかり、香川はケガの心配があり、柴崎は代表戦はぶっつけ本番、そして清武弘嗣はケガで招集外。危機的な局面だった。

 そのピンチで、ハリルホジッチは”勝負勘"を出した。 守備に主眼を置き、相手のミスを誘って付けいる。リアリストの戦いは退屈だった。しかし現状、日本が世界の強豪と戦うには最善の戦術の一つだとも言える。守備の安定によって攻撃を生み出す。それはフットボールにおいて、一つの常道なのだ。

ハリルホジッチの功罪

 ハリルホジッチの選手選考はいくつもの疑問が残る。調子が良く、結果を出している選手の選出に動かない。自分の戦術に合わない、という言い訳は代表監督としての狭量だろう。選手ありきで、その良さを引き出す戦術の柔軟性はあるべきだ。例えば、ポゼッションで力を発揮する大島僚太(川崎フロンターレ)、齋藤学(横浜F・マリノス)は犠牲になっている。乾貴士(エイバル)、昌子源(鹿島アントラーズ)に関しても、招集抜擢が遅すぎた。

 その点、ハリルホジッチ以上に、日本サッカーを成長させられる監督はいるかもしれない。ここまでぎすぎすした関係をメディアと作ってしまうことは、リーダーの落ち度とも言える。言葉が過ぎるのだ。

 しかし日本をW杯に連れて行くことを決めた指揮官が、単なる嫌われ者であるはずがない。

 原口元気、久保裕也は「ハリルの申し子」と呼べる選手だろう。プレーインテンシティが高く、アグレッシブ。ピッチで戦闘力を体現している。井手口、浅野拓磨の二人も追随する選手たちだ。指揮官は好まれる好まれざるにかかわらず、自身の色の付いた日本代表を作りつつある。

 極論すれば、代表監督はプレースタイル云々よりも、W杯出場が絶対ノルマだ。ハリルホジッチはそれを果たした。その次は本大会でのたった3試合で価値が判断される。もし決勝トーナメントに勝ち上がれたら――。

 今夜のサウジ戦で、最終章への幕を開ける。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事