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Jリーグ首位セレッソはセビージャに敗戦。その差に出た「時代遅れ戦術の革新」とは?

小宮良之スポーツライター・小説家
セビージャ戦、ポテンシャルの高さを示した杉本健勇(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

7月17日、ヤンマースタジアム。Jリーグで首位を走るセレッソ大阪は粘り強く戦っている。しかし歯が立たずに、1―3で敗戦。スコア以上の隔たりがあった。ポゼッション率では3割対7割で、24本ものシュートを浴びせられた。とりわけ前半は自陣からほとんど出られなかった。

世界最高峰リーガエスパニョーラで4位のセビージャは、その実力を高らかに示している。

では、どこに両者の力の差はあったのか。

高い強度の中でのプレー

まず親善試合だけに、双方の事情を整理する必要があるだろう。

Jリーグ首位のセレッソは熾烈な優勝争いを演じ、週末には大事な浦和レッズ戦を控えている。所属選手としては、モチベーションの作り方は簡単ではないだろう。あくまで、プライオリティは浦和戦にあるからだ。

一方、セビージャもチーム状態は50%ほどでしかない。長旅や時差や酷暑、そしてアウエー。さらにはプレシーズンが始まったばかりというハンデがあって、新監督就任、新たに加わった選手も少なからずいて、テストの意味もあった。

どちらもプレーモデルを体現する中、上回ったのはセビージャだった。

それが結論だろう。

なにも、セレッソが悪かったわけではない。ユン・ジョンファン監督が就任後のセレッソは、「戦闘集団」に変貌を遂げつつあるが、この夜も彼らは堅実に実直に走り、最善を尽くしていた。実際、走行量では上回った。勝機がなかったわけではない。例えば(2点目)PKのシーンは判定ミスで運が悪かったとしか言えないし、終盤は疲れが見えた相手に対してしぶとく1点を返している。

しかし、セビージャはその戦いを凌駕していた。単純に言えば、細かい技術やプレー強度。あるいは抜け目のなさというのか。

例えばベン・イェデルのドリブルに対し、山口蛍が猛烈にチャージにいった場面。山口の守備の強度はJリーグでは高く、普段なら持ち去ることができただろう。ただベン・イェデルは倒れず、むしろ力強く前にボールを進めた。プレーインテンシティの高い状況でのスキルを見せつけられることになった。先制点は、GKのファンブルを見逃さなかったシーンだが、高い集中力でベン・イェデルはこれを狙っていた。

そしてもう一つ、戦術の運用力の差があった。

時代遅れの戦術マンツーマンを革新させたベリッソ監督

セレッソ戦、セビージャはマンツーマン戦術を採用している。マンツーマンは90年代に入ってからゾーン戦術に取って代わられた「時代遅れの戦い方」だが、昔はスタンダードだった。対面する特定の相手に対し、1対1で守る。平たく言えば、それがマンツーマンだろう。一対一で負けると失点のリスクが高く、攻撃に回るときに陣形が崩れていることから効率性に乏しく、戦術としては廃れていった。

しかし、セビージャの新監督であるエドゥアルド・ベリッソは"時代遅れ"の戦術を革新させつつある。セレッソの選手に対し、息も付かせない。とりわけ前半は、1対1を制することで、全体の局面を有利に動かしていた。

そして特筆すべきは、ボールを奪うことがあくまで「90分間攻め続ける」ことにある点だろう。単なる守備戦術ではない。怒濤の攻撃をぶつけるための戦い方なのだ。

当然、1対1の強さを攻撃の局面で用いている。

ボランチのエンゾンジがパスを振り分け、出し入れし、ギャップを創り出す。1トップのベン・イェデルが積極的にサイドへ流れ、サイドバックも高い位置をとって、サイドアタッカーが仕掛けてマークをはがしてチャンスメイク。個人と集団を掛け合わせた攻撃戦術でサイドを攪乱している。一人で相手をはがせる選手が揃っているだけに、周りがそれに合わせてポジションを取れるのだ。

もっとも、セレッソ戦は狙いとする高速カウンターを見せられていない。

「攻撃に移るとき、我々は直線的であることをよし、とします」(ベリッソ)

その切れ味が増したとき、真価が見られる。ベリッソが昨シーズンまで率いたセルタ時代は、奪い返した選手がそのまま持ち上がり、数人で仕留めるカウンターは圧巻だった。

一方、カウンターに関してはセレッソのほうが可能性を見せている。劣勢の中でも耐え忍び、前に飛び出す動きは鋭かった。手数を掛けずに左から崩し、右の水沼宏太のところで仕留める、というパターンはリーグ戦でも形になりつつある。また、杉本健勇は早いパスを足下に収め、周りを劣りに反転しながら左足で際どいシュートを放つなど、そのセンスは秀抜だった。

しかし単純にボールを蹴り、止める、という精度でほんのわずか、セレッソは劣っている。また、戦術的にも対応に苦慮。相手のペースを奪うことが、後半途中まではできなかった。

それでも、セレッソが攻守でしつこく戦っていたことがパスやシュートをわずかでもズレさせ、拮抗した展開にしたことも事実だろう。その戦い方こそ、ユン・ジョンファン監督が作り上げてきたもので、セレッソの変化の証と言える。夏の宴は、彼らの血肉になったのか――。その答えは、今週末の浦和戦を皮切りにした後半戦の戦いで出るだろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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