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ポスト長谷部の行方。ハリルJには”末席”MF加藤が抜擢されるも、ボランチの真理とは?

小宮良之スポーツライター・小説家
ロシアW杯アジア最終予選で味方を叱咤する代表MF長谷部誠。(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

今年3月の代表戦では、長谷部誠(フランクフルト)の故障離脱によって戦術的安定感を欠くことになった。UAE戦では、山口蛍(セレッソ大阪)をアンカーに用い、今野泰幸(ガンバ大阪)、香川真司(ドルトムント)がインサイドハーフに入る布陣も、何度となく破綻しかけていた(相手の攻撃強度や精度が低く、無事を得たに過ぎない)。タイ戦は(今野の故障で)代表では本来サイドバックの酒井高徳(ハンブルガー)が急遽、抜擢されたが、中盤の混乱は目を覆うほどだった。

6月の代表戦に向け、ハリルホジッチは「奪う人」という表現で、ブルガリア1部リーグでプレーする加藤恒平(ベロエ・スタラ・ザゴラ)という27歳のMFを新たに抜擢。さらには「デュエルの勝率が最も目覚ましい」という理由で、浦和レッズではディフェンダーを務める遠藤航を招集している。それぞれ、代表ボランチとしては未知の部分が多い。

「ボランチ」

そう呼ばれるポジションについて再考が必要かもしれない。

ボランチというポジションへの誤解

舵取り、ハンドル。

ボランチはポルトガル語で舵取り、ハンドルを意味する。

しかし、ボランチがなんたるか、は日本サッカーで定着していない。あるいは、誤解されている部分がある。

「ボランチとはなにか。それは日本ではまだ根付いてないかもしれません」

そう証言しているのは、柏レイソルで数々のタイトルを手にしているボランチ、大谷秀和である。

「日本でのボランチは、ピルロ(元イタリア代表で、ACミラン、ユベントスで活躍)のイメージに近いかも知れません。トップ下の選手が一つ下がってゲームメイクするみたいな。実際、そういう選手が多いです。ピルロのような形は、セードルフやガットゥーゾのような選手が脇にいたら成立するのかも知れません。その点、ボランチは組み合わせの部分もありますが」

Jリーグを代表する日本人ボランチとしては、遠藤保仁、中村憲剛、小笠原満男、柏木陽介らになるのだろうか。彼らはいずれも、元はトップ下の選手だった。周りが見え、ボールスキルが高く、創造性にも長けている。彼らとコンビを組む選手は、「潰し屋」と言われるタイプになる場合が多い。まさに組み合わせによって、舵取りが成立しているとも言える。

無論、トップ下からボランチに一つ下がることが悪いことではないが、この組み合わせを重視することで、ボランチの大切な部分が抜け落ちたのかも知れない。

「ボランチがポジションを留守にするなら、相手を殺す覚悟でいけ」

Jリーグで多くの栄光を勝ち取ってきたブラジル人監督のネルシーニョはそう言って、ボランチを"教育する"という。

「ボールを目の前の視野に入れたポジションをとって、留守を相手に襲わせるな。必ず仕留める、という決意がなければ、居場所を出て行くな。バックラインの前のスペースを相手に使われた場合、失点の危険に直結する」

ネルシーニョは、動きすぎることを禁じている。ボランチが中央のポジションを離れるのは危険なことだという。もちろん、目の前のボランチを潰せないと、相手に自由を与えることになる。守備のプレー強度も問われるわけだが、そこに囚われてはいけない。

スペースの取り合い。

つまるところ、そこで勝負するのが、ボランチの眼目と言えるだろう。スペースを奪った上で、チームを優位に動かす。全体の舵を取る、ことが目的であって、「インターセプトがうまい」「デュエルが激しい」「ロングパスに長じる」というのは手段の一つでしかない。

ダブルボランチは舵取りを2人で担当する形と言える。違うタイプで補完し合うのは理想だが、まずはスペースを埋め、チームを回す。その視点を持っていないと成立しない。

ポスト長谷部の正解は?

では、ハリルJAPANはどのような中盤が「正解」なのか?

長谷部のプレーは、ボランチとして一つの答えを出している。

長谷部はトップ下からボランチになった選手だが、戦術的応力が卓抜。「チームを動かす」というボランチの心得を手にしている。常に味方をカバーするポジショニングで、味方を潤滑に動かせる。とくにリアクション(守備)の部分で、戦術的な柱になっている。昨年10月のオーストラリア戦など、相手の持ち味をしたたかに消しつつ、カウンターを迅速に発動。コンビを組む山口の好戦的な攻守をうまくフォローしている。

一方、山口、今野、柏木陽介(浦和レッズ)、井手口陽介(ガンバ大阪)ら他の代表ボランチは、長谷部のような選手と組んでこそ、その特性が生きるタイプだろう。守備強度が高い、あるいは技量は優れていても、彼らだけでは、チームを回し、動かす、という部分で足りない。その結果、3月の代表戦のような不具合が起きるのだ。

また、チームのプレーモデルも大きく影響する。

「ボールを握る」

能動的なフットボールを組織として志しているなら、出色のスキルを持つ大島僚太(川崎フロンターレ)は外せないが現状、ハリルホジッチはそういうスタイルを目指していない。攻撃を受けることが前提にあって、守ってカウンターが基本。大島のポジションがないのだ。

結論的には、長谷部がいない場合、似たキャラクターを持つ選手を配置する必要がある。Jリーグでは大谷が筆頭か。他に阿部勇樹(浦和レッズ)、高橋秀人(ヴィッセル神戸)、橋本拳人(FC東京)が近いか。ただ、年齢や代表での経験など一長一短はある。

一つだけたしかなことは、ボランチはボランチとしてやるべき仕事があり、適性があるということだ。チームを攻守で回す。それは常に組織を見据える必要があるが、局面でのディテールも含まれている。

「ボランチは相手ボールを突っつけるか、というのも一つの基準かも知れません」

大谷はボランチの細部を語る。

「プロになると、相手ボールすべてを奪いきるのを狙うのは難しい。でも、突っつけるかどうか、というのは大事で。突っつけたら、味方と連係して奪い返せますからね。今まで対戦した中で、届かない、と感じたのはサントス時代のガンソでした(2011年クラブW杯準決勝)。置き所が良くて、懐が深いので、まるで触れませんでした。ネイマールは仕掛け、晒すので、まだタイミングはあったんですが、ガンソは収めてしまうので」

ボランチというポジションは奥が深い。

「ボランチのキャラクターで、そのチームのプレースタイルが分かる」

ヨーロッパではそう言われる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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