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神に祝福された男、メッシが作る伝説。「素手の人間が手に負えない猛獣」

小宮良之スポーツライター・小説家
クラシコで劇的な決勝点を挙げたメッシ(写真:ロイター/アフロ)

4月23日、マドリー。サンティアゴ・ベルナベウで行われたクラシコ(伝統の一戦)。レアル・マドリーとFCバルセロナの頂上決戦は、2-3で後者に軍配が上がった。神業のようなプレーで勝利を引き寄せたのは、バルサのリオネル・メッシ。その正体は何者なのか――。

「メッシはバルセロナにとって、神の祝福そのものだ」(アンドレス・イニエスタ)

彼はまさに、フットボールの神に与えられたギフトなのかも知れない。

猛獣を合わせたような存在

「レオ(メッシ)は小さいけど、ヘディングもうまくなろうとするし、とにかく選手として完璧を目指しているのさ」

かつてバルサの右サイドでコンビを組んでいたダニエル・アウベスはメッシの実像を"解剖"していたことがある。

「例えばドリブラーとしては、レオと同じくらいのレベルにある選手はいる。ステップワークの巧みさやスピードとかね。でも、レオはずっと貪欲で、ドリブルすることに満足しない。シュートの精度も高いし、周りを使うのもうまいよね。それに、レオの放つ熱は周りを巻き込み、物言わずとも中心になってしまうんだ」

クラシコにおいても、メッシは"熱源"になっていた。

メッシが仕掛けることで、マドリーのディフェンスは狼狽。対峙したカゼミーロは混乱の極みで、遅れて入ってはファウルをとられ、2枚目のイエローカードが出ても不思議ではなかった。

そして前半33分、メッシはセルジ・ブスケッツとのコンビネーションから、マークに来たカゼミーロを巧妙にサイドへ釣り出させると、中央にぽっかりとできたスペースを駆け上がり、同点弾を叩き込んでいる。

メッシが牽引するバルサは、73分にイバン・ラキティッチが左足で流し込み、2-1とリード。そして直後、メッシはボールキープからセルヒオ・ラモスを苛立たせ、荒々しいタックルを受けることで、退場に追い込む。メッシによって、1人多くなったバルサ。これで勝負の趨勢は決まったか、に思われた。

しかし、マドリーは常勝クラブとしての意地を見せる。

10人になりながらも、マドリーは少しも諦めていなかった。ラインを下げず、むしろ押し込んでくる。そしてジネディーヌ・ジダン監督が慧眼の采配を見せている。85分、交代で投入したハメス・ロドリゲスが、マルセロからのクロスをニアで合わせ、好守を見せていたテア・シュテーゲンを破ったのだ。

2-2。

熾烈な力と技の応酬の末に、ビッグゲームの結末としては悪くはないだろう。

しかし、ここから神に祝福された男、メッシが光を見せるのだ。

「10人という状況にして、3点目を狙いに行ってしまった。(相手陣内のスローインでプレスを掛け)我々はポジションの外に出ていた。もう少し頭を使い、守るために一丸になるべきだった」

レアル・マドリーの指揮官であるジダンは、試合後に無念を口にしている。

試合終了のホイッスルが鳴る寸前、同点に追いついたマドリーは一気にかさにかかって、プレスではめ込もうとしていた。もう1点奪い、勝利する。常勝チームとしては、当然の心理だろう。しかし一か八かに出ていたのも明らかだった。もしプレスをはがされたら、1人少ないだけに無人の野を行かれることになる。

「バルサのフットボールは、最後までボールを失わない、握る」

かつてシャビ・エルナンデスは語っていたように、その哲学は体に染み付いている。

セルジ・ロベルト、ピケは自陣内でプレスを受けながら、勇気を持ってパスをつなぎ、セルジ・ブスケッツに通すと、これでプレスの網を破ったセルジ・ロベルトが、獣のような激しさで中央を駆け抜ける。追いすがる2人を置き去りにし、左サイドへ。アンドレ・ゴメス、ジョルディ・アルバが持ち込み、マイナスのパスを折り返した。

そこに獲物の匂いを嗅ぎつけたように、感覚的に入ってきたのが、メッシだった。なんたる洞察力か。バルサの下部組織出身であるメッシが、クラブ伝統のポゼッションフットボールを完結させた。

「メッシは3月の代表戦で消耗。プレーに狂いを生じさせている」

クラシコ前は、そういう意見が大多数を占めていた。これは昨シーズンも起きた現象で、4月にメッシのプレーレベルは急激に低下。それはチームの成績にも直結した(CL準々決勝でアトレティコに敗退し、リーグ戦は3連敗)。W杯南米予選を戦うMSN(メッシ、スアレス、ネイマール)の疲労は思ったよりも甚大と言われる。

メッシがコンディション的に良かったはずはない。論理的に説明がつかないほどの鋭い動きだった。

「メッシは山猫、豹、猛禽類・・・様々な猛獣の能力を併せ持ったような選手だ。人間が素手で対等に戦うのは難しい。1980年代までだったら、危険なタックルの標的になっていただろう。あのマラドーナも、バルサ時代は足をへし折られている」

オサスナでプロ20シーズンを過ごしたプニャルに、メッシについて聞いたとき、そう洩らしていたことがあった。人間ではない存在に映るということか。想像を超えている。

「レオが偉大なところは、果てしなく驚かせてくれるところだね。何年も決定的な存在であり続けている。彼の側でプレーできることを光栄に思う」

イニエスタはクラシコ後に語っているが、計り知れないところがあるのだろう。

とんでもない選手が、この地上に降りたものだ。

神に祝福された男、メッシ。

彼と同時代を生きられることは、フットボールファンにとって、この上ない幸福である。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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