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ハリルは長谷部の代わりを見つけられるか?「今野絶賛」の危うさ。

小宮良之スポーツライター・小説家
チームメイトに指示を与える長谷部誠(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

3月28日、埼玉スタジアム。ロシアW杯アジア最終予選、日本はタイを4-0と下している。この勝利でグループ首位に立ち、本大会出場に向け、大きく前進した。

しかし、選手たちはどこか浮かない顔だった。FIFAランキング127位のタイに苦戦を余儀なくされ、ろくにビルドアップもできず、パスをつながれ、崩される場面が相次いだ。

「横や後ろへのパスが多かった。カバーしきれないスペースが広がっていた。ここだ、というボールの取りどころがはっきりとしていなかった」

タイ戦でボランチに抜擢された酒井高徳は、神妙な面持ちで吐露している。中盤は人の距離感や角度が悪く、ボールはつながらず、相手の攻撃を許した。攻守の歯車が噛み合わなかった。

ケガで戦列を離れたボランチ、長谷部誠の不在は顕著だった。

長谷部は「プレーを結合する力」に長ける。例えば、どこに立てば相手のパスコースを切り、味方のパスコースを作れるか、を心得ており、「プレーの渦の目」になっている。味方が劣勢なら、弱部を補強してバランスを取り戻せる。チームプレーヤーとして、その仕事の質は出色だ。

では、長谷部の代わりができるボランチはいるのか?

ボランチの資質とは?山口、今野は・・・

そもそも、ボランチとはいかなるポジションか? それはポルトガル語で舵取りを意味する。チームの行く先を司る役だ。筆者はかつて、そのポジションで世界最高のシャビ・アロンソ(バイエルン・ミュンヘン)にインタビューをしたことがある。

「ボランチは常にプレーに関与し、チームメイトを手助けし、守備と攻撃をつなぐのが役割だ」

EURO、ワールドカップ、チャンピオンズリーグなどあらゆるタイトルを手にした"将軍"シャビ・アロンソは、ボランチの資質についてこう続けた。

「90分間、集中し続け、安定したプレーをしなければならず、一瞬たりとも気を抜けない。しかも相手の守りをかいくぐるため、極力少ないタッチでボールを回す必要がある。後方から前線、左から右へとね。自分が動くよりも、ボールを動かすのさ。パスを受ける前に空間を意識し、選択肢を用意してね」

ボランチの資質を端的に言えば、集中力、判断力、予測力、空間察知力となるか。なにより、チーム全体を旋回させるバランス感覚は不可欠。個人で局面を切り拓くよりも、周りの選手がプレーしやすい環境を作れるか。

その点、長谷部は日本人選手として他の追随を許さない。

UAE戦で抜擢されてゴールを決めた今野泰幸は、まったく性質が違う。

ヴァイッド・ハリルホジッチ監督はUAE戦で、主流だった4-2-1-3という布陣から4-3-3(4-1-4-1とも言える)に変更。二人のボランチをバックラインの前に並べるのではなく、アンカーをバックラインの前に置いて、その前にインサイドハーフを配している。山口蛍がアンカー、今野がその左前を中心に広大なスペースをカバーした(右インサイドハーフに香川真司)。

今野は周りの選手を生かす、というより、自らが活路を開いた。自分で潰しに入り、挟み込み、ボールを受けに走っている。2点目は、活動量の多さを生かした面目躍如だった。

ただ、今野は長谷部の代役をこなしていない。こなすこともできないだろう。それは山口蛍も同じ。彼らはボランチとして動きすぎる(酒井高も同じ性質で、タイ戦は山口と重なって密集を破られている)。インターセプトを得意とし、人を動かすよりも自分が動くタイプ。今回は招集が見送られた永木亮太、井手口陽介も、人とボールに食らいつきすぎる。

いずれも、長谷部のような選手とボランチを組んで、その特性が生かされる。彼ら同士でコンビを組むと、タイ戦のようにちぐはぐになる。"プレーの渦"が生まれないのだ。

プレーを作る点、川崎フロンターレ所属の大島僚太は才覚に長ける。ポゼッション中心の戦術なら、日本の核になれるMFだろう。だが、守備のインテンシティは低く、ハリルJAPANのように受け身になるチームでは脆さが出てしまうのだ。

ポスト長谷部は誰?

では、ポスト長谷部は誰か?

今回選ばれながらケガで離脱した高萩洋次郎(FC東京)は指揮官の構想内だろう。オーストラリア、韓国でプレーして幅が広がり、危機管理能力も上がった。ただ、代表では未知数、ボランチとしての経験も浅い。

他に、阿部勇樹(浦和レッズ)、大谷秀和(柏レイソル)。高橋秀人も適性はあるが、まずは新天地ヴィッセル神戸で先発の座を得るのが先決だろう。リオ世代では遠藤航(浦和レッズ)、橋本拳人(FC東京)か。全員に共通するのは利発な選手で機転が利き、複数のポジションをこなせる点。ユーティリティ性は長谷部が持つ能力でもある(ドイツではボランチだけでなく、サイドバック、トップ下、リベロなどでプレー。特記すべきはフィジカル能力ではなく、プレースキルと頭脳で適応する点)。

ただ、現実的にハリルJAPANでの長谷部の代役と考えると候補は絞られる。

まず、阿部はW杯アジア最終予選の予備登録メンバーリスト(97名)に入っていない。ハリルホジッチは若手を優先しているだけでなく、「浦和や広島のような独特なシステムで戦う選手の起用に逡巡」(関係者)がある。後者は緊急招集されながら欠場した遠藤にも当てはまる。

登録メンバーの大谷は二十代前半から主将を務め、老獪にチームを動かせる。柏ではACL以外すべてのタイトルをとった。ambidextros(体内に右利き左利きが混ざった)で両足を用い、ビジョンにも優れる。31歳という年齢と代表経験なしはデメリットも、それ以外、マイナス面はない。

新たに登録メンバーに入った橋本はダイナミックなプレーが持ち味で、順応する賢さも備える。左右SBだけでなく、FW、トップ下、サイドハーフなど複数ポジションでプレー。ただ局面を自分で打開しようするシーンも多く、運動能力を恃むようだと、山口らのタイプに転がる。

一長一短。

それが結論だろう。結局、長谷部の代わりはいないし、同じ選手はいない。しかしチームを結び、つなぎ、動かすMFは求められる。UAE戦の変則布陣は一つの答えだろうが、実状、中盤は不安定で何度も破綻しかけた。では、大島のような素材で「別働隊」を作るか。ブラジルW杯も、長谷部の代役を見つけられなかったことがグループリーグ敗退の一因になっただけに――。

「長谷部なしのチームは考えられない」

ハリルホジッチは言うが、準備が迫られている。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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