Yahoo!ニュース

犯罪は、なぜ公園で起きるのか 「子どもが狙われる公園」と「子どもが守られる公園」

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:アフロ)

昭和の終わりに、シリアルキラー(連続殺人犯)が、埼玉と東京で4人の子どもを相次いで誘拐し殺害した。今も、誘拐殺害事件の犯行パターンは、これとほとんど同じだ。この事件の分析から、「犯罪が起きやすい公園」と「犯罪が起きにくい公園」の違いが浮上してくる。

誘拐犯が現れた場所

子どもが犯罪に巻き込まれやすい場所は、学校周辺、団地、そして公園である。日本中を震撼させた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(宮﨑勤事件、1988~89年)でも、これら3地点が重なる地区で起きた。例えば、4人目の犠牲者が出た東京都江東区の事件では、団地の公園で被害女児がターゲットロックオンされた。

5歳の女児が連れ去られた現場は、高層アパートの1階にある保育園の玄関前だった。まず犯人は、自動車を使って、かつて小学生女児を校庭でビデオ撮影した小学校に近づいた。そして、東京地方裁判所の判決文の言葉を借りれば、「逃走する際に必要な道路状況を把握した上」で、小学校付近に車を止めた。

宮﨑勤事件の誘拐現場(筆者撮影)
宮﨑勤事件の誘拐現場(筆者撮影)

車から降りた宮﨑は、高層アパートの横にある公園のベンチに座り、一人で遊んでいる女児を探していた。Aの写真がその公園だ。すると、一人でいる女児が、アパートの吹き抜けの通路に入っていくのが見えた。そこで、その後を追うと、女児がほかの人と話していたので、物陰から様子をうかがうことにした(Bの写真)。

しばらくして、女児が一人になったので近づき、「写真を撮らせてね」と声をかけ、その場で撮影した後、さらに、「向こうで撮ろうね」と誘い、連れ去った。

なぜ、公園や団地で犯罪が起きやすいのだろうか。

その答えは、そこには犯行の機会(チャンス)があるからだ。単純に言えば、子どもというターゲットがたくさんいるからだ。子どもが集まる場所には、子どもを狙う犯罪者も引き寄せられる。誘拐事件の多くは、こうした犯行パターンを取る。

海外には不審者はいない?

犯罪学では、人に注目する立場を「犯罪原因論」、場所に注目する立場を「犯罪機会論」と呼んでいる。

犯罪原因論が「なぜあの人が」というアプローチから、動機をなくす方法を探すのに対し、犯罪機会論は「なぜここで」というアプローチから、機会をなくす方法を探す。つまり、動機があっても、犯行のコストやリスクが高くリターンが低ければ、犯罪は実行されないと考えるわけだ。

海外の防犯対策では、犯罪原因論は採用されていない。日本で当たり前に使われている「不審者」という言葉も、海外では使われていない。犯行の動機があるかないかは見ただけでは分からないので、人に注目しても無意味だからだ。

クライシスからリスクへ

日本のように「不審者」に注目していると、対策は必然的に個人で防ぐ「マンツーマン・ディフェンス」になる。例えば、「防犯ブザーを鳴らそう」「大声で助けを呼ぼう」「走って逃げよう」という対策だ。しかし、これらはすべて襲われた後のことであり、犯罪はすでに始まっている。危機管理の言葉を使えば「クライシス・マネジメント(危機対応)」であり、「リスク・マネジメント(危険回避)」ではない。

「襲われないためにどうするか」というリスク・マネジメントに比べ、「襲われたらどうしよう」というクライシス・マネジメントでは、子どもが助かる可能性は低い。なぜなら、クライシス・マネジメントを交通安全対策に当てはめるなら、「車にぶつかったときは柔道の受け身をとれ」ということになってしまうからだ。これが問題なのは明らかだ。

そこで、海外の防犯対策は、「人」に注目するのではなく、「場所」に注目している。「危ない人」は見ただけでは分からないが、「危ない場所(景色)」は見ただけで分かるからだ。

こうした犯罪機会論に立てば、対策は必然的に場所で守る「ゾーン・ディフェンス」になる。ゾーン・ディフェンスは、もちろんリスク・マネジメントの手法だ。

望ましい公園デザインとは

ゾーン・ディフェンスに関する研究の結果、犯罪が起きやすいのは「入りやすい場所」と「見えにくい場所」だと分かった。前述した宮﨑勤事件が起きた場所にも、この二つの条件が当てはまる。宮﨑は、誰でも入りやすい公園と団地をまず選び、壁で囲まれて誰からも見えにくいスポットで女児に声をかけたのである。

では、犯罪機会論の視点から、公園を安全にするには、何をどうすべきなのか。

その答えは、ゾーニング(すみ分け)を徹底した海外の公園が教えてくれる。ゾーニングは、ゾーン・ディフェンスを具体化するデザインだ

犯罪が起きにくい公園(アメリカ) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
犯罪が起きにくい公園(アメリカ) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

アメリカの首都ワシントンDCに造られた公園には、フェンスで仕切られたスペースが、幼児用遊び場、児童用遊び場、小型犬用運動場、大型犬用運動場、コミュニティ農園の合計五つある。徹底したゾーニングだ。

住民の多様なニーズに応えながら、誘拐を阻止できる優れたデザインである。

写真右手奥に見える壁画は、「これがわれらの生き方」と題した絵。アフリカ系アメリカ人の生活風景を描いたランドマークが、地域への愛着を呼び起こしている。つまり、心理的に見えやすい場所にする仕掛けだ。

犯罪が起きにくい公園(アルゼンチン) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
犯罪が起きにくい公園(アルゼンチン) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにある公園では、子どもの遊び場が、城壁都市をそのまま縮めたかのように「入りにくく見えやすい場所」になっている。

このように、広い公園では、子ども向けエリアと大人向けエリアを、フェンスやカラーでゾーニングし、遊具は子ども向けエリアに、樹木は大人向けエリアに集中させることが望ましい。

遊具近くにベンチを置かない

前述したように、宮﨑勤事件では、宮﨑は公園のベンチに座り、一人で遊んでいる女児を探すことから犯行を始めた。ベンチが「物色」の起点になったのだ。

この種の事件を防ぐには、遊具のそばにベンチを置かないことが必要である。

例えば、キューバとグアテマラの公園では、遊具のそばにベンチがない。

犯罪が起きにくい公園(キューバ) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
犯罪が起きにくい公園(キューバ) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

犯罪が起きにくい公園(グアテマラ) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
犯罪が起きにくい公園(グアテマラ) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

これなら、ベンチに腰を下ろして、目立たずに物色したり、ベンチに座りながら親しげに子どもに話しかけ、だまして連れ去ったりすることができない(子どもの連れ去り事件の8割は、だまされて自分からついていったケース)。

ベンチがないと、親は立ったまま見守らざるを得ないが、自分の疲れ具合から子どもの疲労度を推測できるので、事故防止につながる(事故の多くは疲れによる反応鈍化か慣れによる油断が原因)。

犯罪が起きにくい公園(ニュージーランド) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
犯罪が起きにくい公園(ニュージーランド) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

さらに、ニュージーランドの公園のように、遊具を背にしたベンチをフェンス外周に置けば、物色中の犯人にいち早く気づける。

SP(要人警護官)の立ち位置や視線方向と同じスタンスのベンチだ。目と目が合うので物色はやりにくい。

前出のグアテマラの公園でも、外向きのベンチが設置されている。

「防げる犯罪は確実に防ぐ」というリスク・マネジメントを推進するため、犯罪機会論に基づいて、公園のゾーニングを導入することが望まれる。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

小宮信夫の最近の記事