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秋葉原無差別殺傷事件で注目された車両突入テロ 「暴走車の突っ込み」から、どう身を守る?

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:ロイター/アフロ)

秋葉原無差別殺傷事件の死刑囚の死刑が、発生から14年余りで執行された。死刑囚は、東京の秋葉原駅近くで、歩行者天国にトラックを突っ込んで通行人をはね、さらに買い物客をナイフで襲撃し、7人を殺害、10人に重軽傷を負わせた。

今思えば、捕まってもいいと思って振るう暴力「自爆テロ型犯罪」の先駆けだった。その後の展開は、まさに恐怖(テロ)の連続だ。

6年前の7月、相模原市の障害者施設で元職員が入所者19人を殺害し、その3年後の同じ7月、京都市の京都アニメーションのスタジオが放火され、社員36人が死亡した。

昨年10月のハロウィーンの夜には、悪のカリスマである「ジョーカー」に似せた服装をした男が京王線の乗客の胸をナイフで刺し、オイルに火を付けた。

今年に入ってからも、1月の大学入学共通テストの朝、東京大学の会場で高校生が受験生と通行人を刺し、先月には、川越市のインターネットカフェで男がアルバイトの女性を人質にとって個室に立てこもった。そして今月、安倍晋三元首相が銃撃され死亡した。

これらはみな、自爆テロ型犯罪である。

秋葉原無差別殺傷事件は、海外のテロにも影響を与えた。

というのは、テロの手口として、かつては爆弾を使ったものが一般的だったが、先進国では暴走車の突っ込みが頻発するようになったからだ。例えば、2016年7月のニース、同年12月のベルリン、2017年4月のストックホルム、同年6月のロンドン、同年8月のバルセロナ、同年10月のニューヨークといった具合に、暴走車テロの連鎖が広がった。

開発途上国と異なり、先進国では爆弾製造のためのアジトを確保したり、爆弾の材料を調達したりするのが年々難しくなっていることも背景にある。

不可解な犯罪のリアリティー

自爆テロ型犯罪が起きると、決まってマスコミは「犯罪原因論」の視点から事件を報道する。しかし、犯人の異常な人格や劣悪な境遇に犯罪の原因があるとしても、それを特定することは困難であり、仮に特定できたとしても、その原因を取り除くことは一層困難である。そのため結局、「孤立」や「居場所」といった空疎な言葉で国民を煙に巻くことになる。

死刑囚の供述や著作から原因を探ることにも限界がある。自爆テロ型犯罪を起こした本人自身でさえ、なぜ犯罪をしたのか分かっていないからだ。

不条理を語るアルベール・カミュの小説『異邦人』でも、犯罪原因論の限界が描かれている。物語では、どこにも居場所がない主人公が、裁判長から殺人の動機を聞かれ、「太陽のせいだ」と答えている。小説ではあるが、犯罪のリアリティーを的確に伝えている。

誤解してほしくないのは、原因の追究は無益だと言っているわけではないということだ。言いたいことは、原因を構成する要素は複数あり、その一つ一つが階層構造になっているということである。

例えば、孤立の原因は失業であり、失業の原因は経済成長の低迷であり、経済成長低迷の原因は産業構造転換の遅れであり、産業構造転換の遅れの原因はデジタル・トランスフォーメーションの遅れであり、デジタル・トランスフォーメーションの遅れの原因は先取り精神の欠如であり、先取り精神の欠如の原因は保守層からの同調圧力である、といった具合だ。だからこそ、原因追究と原因除去は、そう簡単なことではないのである。

原因追究が果てしなく続く間も、犯罪は待ってくれない。そこで、社会のエネルギーを終わりのない原因論議ではなく、政策的にすぐにでも実装可能なものに投入しようという提案が登場した。「犯罪機会論」である。この立場から、暴走車の突っ込み対策を検討したい。

ターゲットは、入りやすく見えにくい場所

犯人の動機ではなく、犯罪が起きた場所に注目する「犯罪機会論」では、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。安倍元首相の暗殺現場も「入りやすく見えにくい場所」だった。

自爆テロ型犯罪の場合は、最大の恐怖(テロ)を生むのが目的なので、その視点から、大量殺人が可能となる多数の人が集まる場所(ソフトターゲット)が選ばれることが多い。

そこは、人々が集まりやすいので、当然「入りやすい場所」である。また、人が多すぎると、注意や関心が拡散し、「見えにくい場所」にもなる。つまり、不特定多数の人が集まる場所は、「入りやすく見えにくい場所」なのである。

駅前や繁華街、観光スポットやイベント会場は、基本的にそうした場所である。

もっとも、入場料が必要な場所、手荷物検査機が設置されている場所、一人ずつしか通れない場所などは、「入りにくい場所」になる。

防犯カメラが設置されていたり、警備員が配置されていたりすれば、多少は「見えやすい場所」になる。

ただし、日本の防犯カメラは、ほとんどが録画しかしていないので、モニター室からリアルタイムで注視している海外の防犯カメラより抑止力は劣る。とりわけ、捕まってもいいと思っている「自爆テロ型犯罪」には、録画専用の防犯カメラは通用しない。

暴走車の突っ込みを防ぐ仕掛け

「入りやすく見えにくい場所」で、車両突入テロや車の暴走を防ぐには、自動昇降式ボラード(車止めポール)が有効だ。

ボラードがあれば、車を物理的に走行できなくするので、車両突入テロを防ぎ、歩行者を守れる。もっとも、ボラードは高価なので、どこにでも設置できるわけではない。

クロアチアのボラード(筆者撮影)
クロアチアのボラード(筆者撮影)

ボラードよりも安価な侵入抑止の手法がハンプ(英語で「こぶ」の意)だ。

ハンプとは、車の減速を促す路面の凸部(盛り上がり)のことで、バンプ(英語で「衝突」の意)とも言われる。1960年代にオランダで生まれたボンエルフ(オランダ語で「暮らしの庭」の意)が起源。

ハンプが道の途中にあると、車体が持ち上がりそして落ちるため、恐る恐るゆっくり越えなければならない。さもなければ、車が跳ね上がり、天井に頭をぶつけてしまう。

ハンプは、世界中の道路で見られるが、日本では、2001年の道路構造令の改正によりハンプの設置が認められたにもかかわらず、普及は進んでいない。

イギリスのハンプ(筆者撮影)
イギリスのハンプ(筆者撮影)

ボラードもハンプもない場所ではどうすべきか。

一般論を言えば、車が入れない道を歩く、万一のときに逃げ込める路地やビルを確認しながら歩く、身動きが取りにくい群衆の中に入らない、レストランは入り口や窓から離れて座る、といった対策が有効だ。

さらに言えば、すべてのサバイバル術に共通するのが「早期警戒」である。早期警戒が、近づいてくる暴走車の早期発見につながるからだ。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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