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ハロウィーンの夜に京王線で起きた凶行、電車内の「自爆テロ型犯罪」どう防ぐ?

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:ロイター/アフロ)

人を殺して死刑になりたかった

10月31日のハロウィーンの夜、東京都調布市を走行中の京王線の車内で、仮装した男が刃物で乗客を切りつけたり、液体をまいて火をつけたりした。それによって、17人が病院に搬送されたという。

容疑者は、「2人以上殺せば死刑になると思った。小田急線の事件を参考にした」などと話しているらしい。小田急線の事件とは、今年の8月に小田急線の車内で男が刃物で乗客を襲った事件のことだ。

またしても、「無敵の人」による「自爆テロ型犯罪」が起きた形だ。

ジョーカーに仮装

容疑者は、『バットマン』に登場するスーパーヴィラン(悪役)の「ジョーカー」に仮装していた。ジョーカーといえば、ジョーカーを怪演したホアキン・フェニックスがアカデミー主演男優賞に輝いた『ジョーカー』が思い出される。

映画『ジョーカー』 (C) 2021 Warner Bros. Entertainment Inc.
映画『ジョーカー』 (C) 2021 Warner Bros. Entertainment Inc.

この映画は、心優しいピエロが悪の化身になっていく過程を描いたものだが、凶悪犯になるのも無理はないと思わせる作りだったので、2019年の公開当時、悪影響を懸念する声が上がった。

それでも、ジョーカーは、ハロウィーンでは、依然として人気のコスチュームだ。

今回の容疑者も、ジョーカーになることで、何らかのメッセージを発信したかったのだろうか。「無理ゲー」を強いられているとでも言いたかったのだろうか。

それはさておき、今回のような「自爆テロ型犯罪」を防ぐには、マクロとミクロという2つのアプローチが有用だ。

先端テクノロジーの導入

マクロ的なアプローチは、先端テクノロジーの導入である。具体的には、駅の改札口に設置されている防犯カメラに、「ディフェンダーX」というソフトウェアを搭載することだ。

犯罪を実行しようと考えているとき、顔の皮膚には、精神的なストレスによる一過性の「ふるえ」が現れる。「ディフェンダーX」は、その生理的に起こる「ふるえ」を検知する技術だ。

生理学的には、ポリグラフ(俗称「うそ発見器」)や、離れていても心拍と呼吸を感知できるドップラーセンサー(電波センサー)の原理に近い。イメージ的には、アニメ「PSYCHO-PASS(サイコパス)」を想像すれば分かりやすい。

ディフェンダーX (C) 2021 ELSYS ASIA SECURITY SDN BHD
ディフェンダーX (C) 2021 ELSYS ASIA SECURITY SDN BHD

「ディフェンダーX」は、普及が進む「顔認証ソフトウェア」とは大きく異なる。犯罪を防ぐための顔認証ソフトでは、登録データとの照合が不可欠なので、あらかじめ犯罪者の顔のデータベースを準備する必要がある。そのため、人権上の問題が起きかねない。

これに対し、「ディフェンダーX」ではデータベースは必要ない。あくまでも、「今ここ」での緊張状態を見るにすぎないからだ。

犯罪企図者が改札を通過するとき、「ディフェンダーX」で、極度の緊張状態を検知できれば、自動的に駅員や車掌に知らせたり、さらに危険性が高い場合には、警察にアラームで通報したりすることも可能だろう。

日本人の科学離れが指摘されて久しいが、防犯対策も、最新テクノロジーを導入しなければ、「加速する社会」に取り残されるだけだ。すでに、欧米の防犯対策とは、大きな差ができている。

科学の軽視は、次に検討する「精神論」も一因となっている。

早期発見・早期対応

一方、ミクロ的なアプローチは、一人ひとりが異常を早期発見・早期対応することである。そのためには、電車内は「公共の場」であると強く意識しなければならない。

そんなことは当たり前だと思われるかもしれないが、欧米との比較文化論の視点から観察すると、日本の電車内の「公共性」は低いと言わざるを得ない。

その背景には、精神的自立と物理的自立の間のギャップがあるように思われる。

日本人の精神構造を解き明かしたベストセラー『「甘え」の構造』にもあるように、日本人は、大きなものの一部になるのが好きなようである。その方が、甘えられるからだ。そのため、精神的自立のレベルは高くならない。しかし、それを認めたくないから、物理的に離れることで「自立している」と思い込むようにしている。

いわゆる「パラサイト・シングル」や「ひきこもり」の問題性も、物理的な文脈でばかり語られてきた。

日本人の自立観では、物理的に離れることが重要らしい。

例えば、幼児を一人で買い物に出かけさせ、その苦労する姿を隠し撮りするテレビ番組が30年続いているが、これは欧米では児童虐待と見なされる。そのため、「ようちえん絵本大賞」を受賞したロングセラー児童書『はじめてのおつかい』も、アメリカでは出版できない。

対照的に、日本では、保育園の園長が「小さな自立を応援するきっかけを与えてくれる大切な一冊」と絶賛している。

逆に、精神的には、日本では、自立よりも依存(甘え)の方が重要らしい。長い間、日本の親は、「家から出ていけ」と子どもを叱ってきた。甘えを断ち切るのが罰なのである。

対照的に、欧米では、「家から出るな」と子どもを叱っている。自由(精神的自立)の制限が罰なのである。

こうして、日本人にとっては、「同調」が美徳になる。それは、「みんなで一緒に」という集団主義(全会一致主義)の「精神論」である。欧米のような、精神的自立を前提にした「協調」とは異なる。

電車内の話に戻そう。

要は、物理的には自宅から離れていても、精神的には、まだ自宅にいるのである。だからこそ、電車内でも、おにぎりやハンバーガーを食べ、念入りに化粧を施し、泥酔状態で熟睡している。

しかし欧米では、電車内で酒を飲んだり、食事をしたりすることは原則として認められていない。車内風景を観察しても、自宅でリラックスしているようには見えない。

異常を早期発見・早期対応するには、電車内が「公共の場」あると強く意識する必要がある。意識すれば、必然的に警戒レベルは高まるはずだ。

世界で日本だけが、車内通話が禁止されているので、どうしても、車内ではスマホを見るため下を向くことになる。

戦場にいる兵士のように、常に周囲に視線を配り、気を張り詰めていなくても、時々、顔を上げて見回すだけでも、早期発見の確率は高まるに違いない。

サバンナの草食動物は、草や葉を食べているときも警戒を怠らない。私たちも、そのように振る舞いたいものだ。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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