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令和の「灯火管制」? 小池都知事の消灯要請は夜間犯罪を増加させるか

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

新型コロナウイルスの緊急事態宣言に伴い、東京都の小池百合子知事は、午後8時以降は街灯を除く明かりを消すよう要請した。人の流れを抑制するのが狙いだという。

これに対し、まるで太平洋戦争中に空襲を避けるために明かりを落とした「灯火管制」のようだと、批判的な反応が起こった。さらに、暗くなれば犯罪が増えるのでは、という不安の声も上がった。

そこで本稿では、「暗い場所では犯罪が起きやすいのか」を検討する。なお、ここでの議論は、あくまでも「犯罪」に限ったことで、「感染」や「事故」については考慮しないので、あしからず。

暗さは犯罪の誘因か

夜間に街中で事件が起こると、決まって「暗いから犯罪が起きた」「街灯を増設してほしい」という声が上がる。例えば、アルバイト帰りに行方不明になった島根県の大学生が、遺体で見つかった事件(2009年)でも、そうした声に押され、行政は26基の照明を新設した。

このように、「夜間の犯罪を防ぐには、明るい場所にするのが一番」という考えが常識になっている。

しかし、本当に「暗さ」が犯罪を誘発しているのだろうか。

警察庁の2019年版「犯罪統計書」によると、「午前6時から午後6時まで」に発生した犯罪は、「午後6時から午前6時まで」に発生した犯罪の1.5倍だった。

犯罪者も、普通の人と同様に、暗い場所よりも明るい場所の方が好きなのかもしれない。それを裏付ける事件もある。

川崎市のトンネル内の歩道で、深夜に帰宅途中の女性が刺殺された事件(2006年)で、犯行場所に選ばれたのは、トンネル外の暗い路上ではなく、トンネル内の明るい路上だった。殺害現場となったトンネルでは、71基の蛍光灯が明るくともり、前方から近づいてくる人の顔もはっきりと分かるほどだった。

また、豊田市の高校生が、日没後、自転車で下校途中に、田んぼ道で殺害された事件(2008年)でも、遺体が発見されたのは、街灯がない地点ではなく、街灯に照らされた地点だった。

川崎トンネル殺人事件の現場(筆者撮影)
川崎トンネル殺人事件の現場(筆者撮影)

豊田高校生強盗殺人事件の現場(筆者撮影)
豊田高校生強盗殺人事件の現場(筆者撮影)

「真っ暗な場所」では、犯行対象を確認できないため、犯罪者は、自分の好みの顔立ち、弱そうな体格、高価な品物などを見極めにくい。もちろん、「真っ暗な場所」では、逃走ルートを確保するのも難しい。

どうやら「真っ暗な場所」は、犯罪者から嫌われているらしい。

では、「薄暗い場所」はどうだろうか。これは、議論しても仕方がない。人によって、そこは暗かったり、明るかったりと異なるからだ。

狼男も明るい場所が好き

「満月の夜に変身する」という狼男の伝承がある。そこから連想したのか、「満月の夜に犯罪が増える」と主張する人たちがいる。裏付けるデータもあるらしい。

引力の影響を唱える立場もあるが、月の明るさが原因だとする仮説が有力視されている。というのは、犯罪は屋外では増えるが、屋内では増えないからだという。確かに、満月で明るければ、人出は多くなるだろうし、それはターゲットの選択肢の増加を意味する。明るい夜は、犯罪者にとっては絶好の機会なのだ。

「犯罪者」と言うと、とかく暗がりに潜んでいる姿を想像しがちだが、そんな場所は犯罪者でも気味が悪いだろう。犯罪者も同じ人間である。明るい場所では安心し、暗い場所では不安になるはずだ。つまり、犯罪者の明暗に対する反応も、基本的には普通の人と同じと考えた方がいい。

街灯は犯罪者を呼び寄せる

では、「真っ暗な場所」にするため、街灯は設置しない方がいいのか。

犯罪機会論(※注1)によると、犯罪者が嫌がる場所は、「だれかに見られているかもしれない」と思う場所である。

例えば、両側に住宅の窓がたくさん見える道では、どこからともなく視線を感じるので、犯罪をあきらめざるを得ない。逆に、両側に高い塀が続く道では、犯行を目撃されそうにないので、安心して犯罪を始められる。

街灯の話に戻ろう。

そもそも、街灯の機能は「夜の景色」を「昼の景色」に戻すことである。ということは、昼間安全な場所(視線を感じられる場所)に街灯を設置すれば、夜でも安全な景色に戻って危険性が抑えられる。しかし、昼間危険な場所(視線を感じられない場所)に街灯を設置しても、戻った景色は危険なままなので安全性が高まることはない。

要するに、昼間安全な場所に街灯を設置すれば、夜でも安全な場所になるが、昼間危険な場所に街灯を設置しても、夜だけ安全な場所にはならないのである。

こうした知識が共有されていないため、花火大会から帰宅途中だった三重県の中学生が、空き地に連れ込まれて窒息死した事件(2013年)の後、現場付近に街灯が増設されたが、そこには家がほとんどなかった。つまり、この街灯には、無人島の外灯のごとく、防犯効果は期待できないのだ。

三重中学生致死事件の現場(筆者撮影)
三重中学生致死事件の現場(筆者撮影)

こうしたケースでは、街灯によって安全な場所になったと勘違いしてしまい、それまでは暗かったので警戒していた人も、油断するようになるかもしれない。それでは、かえって犯罪が起きやすくなってしまう。

実際のところ、街灯を設置した途端に、ひったくりが多発した造成地もある。

シンシナティ大学のジョン・エック教授も、「照明は、ある場所では効果があるが、他の場所では効果がなく、さらに他の状況では逆効果を招く」と述べている。

結局、街灯の防犯効果は昼間の状況次第、ということになる。そのため、「地域安全マップづくり」も昼間に行うだけで十分である。犯罪が起きる確率の評価は、昼の景色が基準になるからだ。

門灯の明かりで心を照らす

もっとも、昼間危険な場所に街灯を設置した場合でも、地域住民に安心感を与え、地域社会を活性化することにつながれば、昼の景色自体を安全な景色に改善する動きが起こるかもしれない。しかしそれは、街灯の直接的な効果というよりも、間接的な効果である。

街灯の防犯効果に関するこれまでの研究結果を収集・評価したノースイースタン大学のブランドン・ウェルシュ教授とケンブリッジ大学のデイビッド・ファリントン教授も、これまでの研究には防犯効果を肯定したものと否定したものが混在するものの、肯定事例においては、街灯の改善が地域社会への関心を高め、それが環境改善の触媒となり犯罪を減少させたと分析している。

心理的な防犯効果に関連して、門灯について触れておきたい。というのも、家々の門灯は、街灯に比べて照度は劣るかもしれないが、街灯にはない心理的な効果を発揮するからだ。

門灯がついているということは、だれかが帰ってくること、そしてその帰りを待つ人がまだ寝ていないことを想像させる。つまり、犯罪者に人の気配を感じさせることができる。

さらに、真夜中になってもついている門灯は、その家の人が、深夜に自分の家の前を通る地域の人を見守ろうという気持ちを表している。こうこうと路上を照らす門灯は、「この地域には、見守り合い、助け合う住民が多い」というメッセージになり、心理的な視線を作り出すのである。

その意味で、一戸一灯運動は優れた防犯活動である。それは、自分たちの街だけでなく、犯罪者の心の闇も照らすことができるかもしれない。

理論なき実践は暴力である

前述した川崎の女性刺殺事件で、トンネル内の歩道が殺害現場に選ばれたのは、暗かったからではなく、トンネルが「周囲から視線が届かない構造」をしているからだ。

加えて、トンネルの壁に、落書きが多数書かれていたことも影響したかもしれない。落書きが放置された場所は、地域や行政の無関心や無責任を犯罪者に連想させ、犯罪が成功しそうだと思わせてしまうからだ。

トンネルの明るさは、被害者と加害者を引き寄せる要因だったかもしれない。虫が明かりに吸い寄せられるように、人もまた明かりに集まる。もしトンネルの中が真っ暗だったら、被害者も加害者も、この道を避けていた可能性がある。

前述した三重の事件でも、明るさが犯罪を誘発した。殺害された中学生は、駅近くのスーパーで、犯人に「ターゲット・ロックオン」され、そのまま尾行され、周りに家がない場所に差し掛かったときに背後から襲われたのである。

日々の報道でも、深夜の性犯罪やひったくりが、被害者がコンビニに立ち寄った後に起きたことをしばしば目にする。これらも、明るい場所で、「ターゲット・ロックオン」されている可能性が高い。

いずれにしても、「防犯灯」という呼び方をしているのは日本ぐらい。前述したように、街灯の機能は「夜の景色」を「昼の景色」に近づけることである。それ以上でも以下でもない。

何でもかんでも、「防犯〇〇」と呼べば、それだけで効果がありそうだと思うのは、「精神論」であって、科学ではない。

悲しいかな、現状は、間違った防犯の常識がはびこり、多くの人が、防げたはずの犯罪で被害を受けている。

常識とは、18歳までに心にたまった先入観の堆積物にすぎない」(アルバート・アインシュタイン)

常識や思い込みをリセットし、科学的エビデンスに基づく対策を取り入れることが求められている。

注1:犯罪機会論とは、犯罪の機会を与えないことによって、犯罪を未然に防止しようとする犯罪学の立場である。そこでは、犯罪の動機を持った人がいても、その人の目の前に、犯罪が成功しそうな状況、つまり、犯罪の機会がなければ、犯罪は実行されないと考える。このアプローチが、防犯の国際標準である。しかし、日本では普及が進んでいない。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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