「友達と一緒に過ごしたい!」人工呼吸器と車椅子で普通学級に通い続けた #医療的ケア児

右が福島星哉さん。著者撮影。

 先日、フローレンスのオフィスに、ひとりの青年がやってきました。お名前は福島星哉さんと言います。

 福島さんは小学校、中学校、そして高校と、地元の公立校に通い、勉強と部活動を楽しみ、今は大学に進学して経済の勉強をしています。家族と海外旅行に行ったこともありますし、先日は最近はまっているスマートフォンのゲームの大会に出たりもしたそうです。

 こう聞くと、よくいる大学生だな、と思うかもしれません。

 でも、もしかしたら、実際の彼を見たら驚くかもしれません。というのも、彼は子どものころの交通事故の影響で首から下が動かず、車椅子に乗って人工呼吸器を身に着けているのです。

 車椅子に人工呼吸器という医療的ケアがありながら、普通の学級に通い、友達と学校生活を楽しみ、さらには起業も考えているという福島さん。

 そんな彼に、これまでの暮らしや、これからやりたいことなどを聞きました。

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プロフィール

福島 星哉(ふくしま せいや)

1996年生まれ。4歳の時、幼稚園からの帰りに交通事故に遭う。頚椎損傷により首から下が動かなくなり、それ以来車椅子と人工呼吸器の医療的ケアを必要とする。

事故後リハビリを経て幼稚園に復帰、地元の公立小・中学校、高校を経て、大学の経済学部に進学、現在在学中。

幼いころの事故がきっかけで医療的ケアが必要に

駒崎:先日、医療的ケア児の在宅医療の中心人物である前田先生と対談した際に、医療的ケアがありながらも、小中高と普通学校に通い、現在は大学在学中で起業も考えているという福島さんのお話を聞き、感銘を受けました。

福島さんの生き方が、医療的ケア児やその家族のロールモデルとなるのではないかと思っています。今日はいろいろとお話を聞かせてください。

まず、福島さんが医療的ケアを必要とするようになったきっかけを教えていただけますか?

福島:4歳のとき、幼稚園の帰り道で交通事故に遭ったのがきっかけです。それから首から下が動かなくなり、人工呼吸器が24時間必要となりました。1年ほど病院を転々とし、在宅に戻る際、前田先生に主治医となっていただきました。

事故のことは覚えていないですが、病院での生活が大変だったのはおぼえています。

駒崎:幼稚園や保育園では医療的ケアがあると受け入れが大変だと思いますが、福島さんはどのようにされたんですか?

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福島:幼稚園は、事故に遭う前の幼稚園に戻りました。当時、日本では人工呼吸器を着けて在宅している人は非常に少なく、住んでいた柏市でも、呼吸器を着けた人は全くいなかったので、「病院の近くに住んだほうがいいよ」と何人かの人に言われたのですが、もともとの友達といっしょに遊びたかったので、もとの幼稚園に戻りました。

友達と一緒に過ごしたい。交渉を重ねてみんなと同じ小学校に入学

駒崎:小学校はどうしたんですか?

福島:友達と一緒に過ごしたいというのが一番だったので、PTAの方や、校長先生に会いに行ったり、教育委員会との交渉を重ねたりして、学区内の小学校に通いました。

幼稚園を卒業するときに、事故に遭ってから幼稚園を卒業するまでの生活などをまとめた冊子を、園長先生や担任の先生、地域の方々が作ってくれて、それを小学校入学時に周りの友達や親御さんに配ったりもしました。

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駒崎:うわあ、たくさんの人のメッセージが寄せられた、とても素敵な、想いのこもった冊子ですね!周りの方々に福島さんのことをよく知ってもらうきっかけになったのでしょうね。

ちなみに小学校では、親御さんが教室で待機されていたんですか?

福島:学校までは親に車椅子を押してもらって通学していましたが、校内では、市が看護師をつけてくれたので、看護師の方にケアしてもらっていました。

駒崎:それは先進的ですね!多くの自治体では、親の付き添いが必要と言われ、そのため親御さんが仕事を辞めなければならなくなったりしているので、そういった看護師の配置が、他の自治体でもできたら素晴らしいと思います。

小学校のよい思い出はありますか?

福島:林間学校や修学旅行に行けたのがいい思い出です。

駒崎:そういった行事にも友達と一緒に参加したんですね。学校の先生方は、福島さんにどのように接してくれましたか?

福島:特にほかの子と変わらず接してくれていたと思います。僕自身も、違う対応をされるのは嫌だったので。

実験にフィールドワーク、やりたいことはとことんやった

駒崎:中学校も地元の学校に進学されたんですか?

福島:中学校も同じく柏市だったので、同じように対応してもらい、普通に通っていました。部活も、科学部に入って友達と楽しく過ごしていました。例えば……粉塵爆発って知ってますか?その実験をしたりしてました。

駒崎:ええ!それはぶっそうな(笑)

福島:もちろん安全にやってましたけどね。理科系が好きなんです。

駒崎:高校進学はどうだったんですか?

福島:高校は家の近くの高校の理数科に行きたくて。高校は県立で、中学校までの市立とは所轄が変わるので、改めて県の教育委員会に会いにいったり、校長先生に会ったりして交渉をしました。受験勉強も頑張り、希望する高校に行くことができました。

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駒崎:高校ではどんなことをされていたんですか?

福島:理数科だったので、理数漬けで、よく勉強していました。理数科が普通科と分かれていてクラス替えもなかったので、気の合う仲間と3年間一緒で楽しかったです。

フィールドワークで、山奥に行って植生調査をやったり、星を見たりもしました

あとは、写真部に入って風景の写真を撮ったりしてました。レリーズ(カメラにケーブルでつなぐ遠隔スイッチ)を口に加えて、シャッターを押せばできるので。

駒崎:フィールドワークでは、どうやって移動したんですか? ストレッチャーなどを使ったり?

福島:普通にこの車椅子で行きました。

駒崎:すごいですね。普通の子どもと同じように学校生活を楽しんできたのがすごくわかります。

周りの友達は、車椅子で人工呼吸器のある福島さんに戸惑ったりすることはなかったんですか?友達との関係をつくり始めるのも大変なのではないかと思ってしまいます。

福島:そういう友達もいたかもしれないですが……近くにずっといてくれた人はあまり気にしないでいてくれましたね。

けっこう自分から話しかけてくれる友達も多かったです。

理数系の友達が多かったので、車椅子の構造に興味をもってくれたり。「車椅子をキャタピラ式にしたら移動しやすくていいんじゃない?」なんて言ってくれたり(笑)

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駒崎:そうなんですね。たしかにそれは便利かも(笑)

幼稚園から、小・中学校、そして高校と、お話を聞いていると、学校側・自治体側という意味でも、いわゆる「排除されている」感じはなかったように思います。

それはたまたま環境がそうだったんでしょうか?それとも、実際には激しい交渉などがあったんでしょうか?

福島:交渉はけっこうしましたね。学校に行くという、自分のやりたいことを実現するために。小中高と、学校は皆勤してますし。

とにかく学校に行くのが好きだったので、休みたくないなと。努力というよりも、好きな学校を休みたくないという気持ちです。

駒崎:皆勤というのはすごいですね!医療的ケアのない人でも、それはなかなかできないですよ!

理系には進めない。それなら経済学部から起業する

駒崎:高校を卒業して、今は大学に通っているんですよね。大学では何をしているんですか?

福島:理数系、特に地学が好きなので、その方向に行きたかったんですが、オープンキャンパスに行ってみたら、「手足が全く動かないと、実験などの科目の単位取得が難しい」と言われてしまって。仕方がないので、文系に変更することにしました。

文系のなかでも、数字を使うことがしたくて、経済学部に入りました。

駒崎:ちなみに、頭しか動かせない状態での学習環境ってどんな感じなんですか?授業の受け方とか。

福島:小学校は看護師さんにサポートしてもらっていました。中学では勉強の内容が難しくなってきて、補助の先生がつきました。

口で鉛筆を持つとかではなくて、言葉で説明してそれを書いてもらうというやり方です。

大学受験では、慣れた人にそれをやってもらうことが難しく、初対面の人だとなかなか意思疎通ができなくて、理数系の受験が難しかったというのもあります。

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駒崎:たしかに、数式を書いたりするのは難しそうですもんね。大学生活はどうですか?

福島:写真サークルに入ってます。やってみたら経済学部の勉強のほうも楽しいです。

進学先を経済学部にした理由のひとつなんですが、起業したいという気持ちがあります。「納税できる障害者」になりたいなと。自分で稼いで納税して……ということができるようになりたいんです。

駒崎:なぜ起業してみたいという気持ちになったんですか?

福島:僕は身体を動かしたり、バイトしたりというのもできません。

会社勤めするというのも大変そうだし、ある意味自分のペースでできる起業がいいのかなと。

いまは、前田先生に紹介してもらった、カフェを立ち上げたいなと思っています。

台東区の浅草で、来年オープン予定なので、ぜひ来て下さい。

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駒崎:カフェ、ぜひ行ってみたいです!

起業以外にも、してみたいことはありますか?例えば、海外旅行とか……。

福島:海外には、ハワイや韓国などにも行ったことがあるんです。

こないだは、シャドウバースというスマホゲームの東京大会に出たり、やりたいことはいろいろやっています。

将来的には……笑われるかもしれないですけど、カジノを作りたいなと思っています。カジノだったら、障害があってもなくても同じように楽しめると思うので。

駒崎:すごいですね!お話を聞いていると、福島さんはとにかく、やりたいと思ったことをひとつひとつやってるんですね。

「誰だって、やりたいならやればいいじゃん」というスタンスがすごくいいと思います。福島さんがそう言ってくれるだけでも、医療的ケア児やその家族には、心強いのではないかと思います。

医療的ケア児が「みんなと一緒」に過ごすために

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駒崎:少し大きな話になるんですが、医療的ケア児者という存在が生まれたのは、ある種、医学の発達のおかげですが、そんなに歴史は長くないんですよね。

福島さんはその先陣を切っていると思うんですが、これまで生活してきた中で、どういうところが不便だったとか、社会に足りてなかったものとかはありますか?

福島:普通に生活している健常者の方の、バリアフリーの意識が高ければいいのではないかと思います。「かわいそうだから」ではなく、もっと自然に接してもらえるような。

駒崎:なるほど。例えば、自然に接しようとしたときに、どのように意識するのがいいんでしょうか?経験がないとわからない人も多いと思うのですが。

福島:具体的には難しいですけど……例えば自分の場合、身体を触られるのはなんとも思わないので、親しくなったら、肩を叩いてくれたり、そういうスキンシップをしてくれるとか。

どう接したらいいかわからないからそっとしておこうかな、みたいなのは逆につらいです。

駒崎:今の日本だと、医療的ケア児者の存在を知らない人も多いし、受け入れる態勢もとても限られていますよね。たとえば保育園では、人工呼吸器がついている子を受け入れられないことが多い。

実際、障害者の法律(障害者総合支援法)に医療的ケア児という言葉が入ったのは去年のことで、これまでは制度がまったく整っていませんでした。

福島:自分はとにかく、みんなと一緒に過ごしたいという気持ちが強かったので、家族と一緒に頑張ってきたのですが、医療的ケア児でも普通に学校に行けるように、というのを国として実現するためには、いつまでに何をやるというのを決めて、プランを練ってやっていかなければならないと思います。

駒崎:福島さんの言う「みんなと一緒に」というのを、多くの医療的ケア児はなかなかできないので、僕も、それが実現できるようにしたいと思っています。

いま医療的ケア児の後輩、そのご家族に伝えたいことはありますか? 最初にお話しましたが、福島さんは医療的ケア児にとってとてもよい先輩というか、ロールモデルになるのではないかと思っています。

福島:僕の場合は、みんなと一緒に過ごす、ということが入院していたときの目標でした。そういった目標や、やりたいことに向かって、交渉や調整を、頑張っていくのが大事なんじゃないかと思います。

駒崎:僕たちフローレンスもその一助になれればと思ってます。今日は本当にありがとうございました。

(了)

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