かわいそうな子達への支援という視点を今こそ転換。被災経験のある子どもへの投資が日本の未来を握る理由。

前回の「東日本大震災から5年半、子ども達の居場所となった「コラボ・スクール」と今も残る埋められない傷跡」に引き続き、東日本大震災の被災地の子ども達を支援する「ハタチ基金」の取り組みについて、NPO法人カタリバ代表今村久美さんとの対談をお送りします。はじめに、近年NPO業界、企業、行政の界隈で浸透しつつある「コレクティブ・インパクト」という考え方についてご紹介しています。

■複数組織が同じ課題に取り組むことで起こす「コレクティブ・インパクト」

駒崎:一緒に理事を務める「ハタチ基金」の支援団体は、それぞれの専門分野を持って活動していますが、このように別々の団体が一緒に共通のビジョンを持って支援を展開することは、実はNPOの業界では示唆的なことです。NPOというのは、ともするとそれぞれが善意で孤軍奮闘するという側面が強くて、横の繋がりを持ってよりインパクトを出していくことや寄付を一緒に集めることは、まだ一般的ではありません。自分達で言うのもなんだけど、「ハタチ基金」は「コレクティブ・インパクト」のモデルになる事例かな。

※コレクティブ・インパクト=特定の社会課題に対して、ひとつの組織の力で解決しようとするのではなく、行政、企業、NPO、基金、市民などがセクターを越え、互いに強みやノウハウを持ち寄って、同時に社会課題に対する働きかけを行うこと。

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今村:そうですね。「ハタチ基金」は東北の子ども達に20年という長い期間の支援を約束することが目的です。ですから、お金をお預かりする以上、まずは支援を行う団体には「経営力がある」「事業の継続性がある」「専門性があり役割分担を持って共同できること」を必要条件としました。5万個もあると言われる数多のNPOの中で、信頼してもらえる基盤を作るのはコレクティブ・インパクトを成立させる大前提かもしれません。「寄付をしたのにその団体がすぐになくなってお金がどうなったかわからない」「会計報告がない」「大手に寄付したがそれが何に使われたのか見えない」という寄付者の落胆はよく聞かれますから。

駒崎:そうしたインパクトをどんどん波紋のように広げていく必要があります。大槌・女川の教育環境はよくなった、だけどそれでいいというわけではなく、そこで得た知見を東北全体、日本全体に広げていけると良いですよね。例えば、我々フローレンスは震災後特に待機児童問題が顕著となった仙台市で小規模認可保育園を2園開園しましたが、質の高い保育を仙台市中の子ども達に行き渡らせるためには、その後どんどん地元で小規模保育園が増えていくことが理想です。

仙台に開園した「おうち保育園こうとう台」
仙台に開園した「おうち保育園こうとう台」

そのため、(駒崎が代表を務める)全国小規模保育協議会は仙台市内の小規模認可保育園の開園を後押しすべく仙台支部の設立をサポートしました。ちなみに、仙台市は内閣府の国家戦略特区に社会起業特区ということで申請して、今やコレクティブ・インパクトのモデルシティになろうとしています。NPOや地域の力を使って社会的課題を解決していこうという活動が市ぐるみでスタートしているのです。もともとそうした土地柄ではなかったと思いますよ。震災があったから、そうなったんだと。

■東日本大震災から得られた気づきと学びをノウハウへ

今村:否応なしに支援がなだれ込んだ後、数年経ってやっとその地に根を張った活動のできる基盤ができたということですかね。

震災直後、最大瞬間風速的に人が東北になだれ込んで、今思うとそれも被災者の皆さんのストレスになってしまった部分もあったと思います。

駒崎:支援をコーディネートする機能がなかったですね。自治体も職員も被災者であり被害者だったから機能できない。

それに、お金や物資を全て意味も知らずに「義援金」として皆が寄付したことによって、自治体は義援金配分委員会を設立して寄付金を100%公平・平等に被災者へ配布しなければならないという仕事を負うことになりました。その時必要な支援にすぐ使えるよう「支援金」として寄付して下さい、と我々NPOが情報発信すべきだったのにできていなかったし、啓蒙してこなかった反省があります。手法の混乱もあったので、何をいつやるべきなのか、手順書やノウハウがあったほうが本当はいいとも感じました。

フローレンスでは、「希望のゼミ」という無償の学習塾を提供していた時期がありましたが、復興が進むにつれ「無償のサービス提供」は地元の塾の経営を脅かすことになると気づきました。最初に「復興を妨げることはしない、適切なタイミングで撤退する」ということを決めて公表しておくべきだったという失敗経験です。福島の存在も、未曽有過ぎましたね。福島とその他をきりわけて走らせるのもありだったと今なら判断できるのですが。

でもこれからは、あのレベルの災害が起きてそれが東京でなかった場合、東北支援のノウハウとチームを作ってきたから、前よりはうまくやることができるのではないかと思います。

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今村:私個人としては、コレクティブ・インパクトに力を入れ、そもそも地方で教育をどう充実させていくのかというテーマについて、行政も含め専門NPOともう少し手を繋ぎたいと思っています。何か課題に向かう時に面で動いていこうと発想できるようになったのも、震災が残した成果かもしれません。

駒崎:震災以前より、社会課題に向き合った時の風景が変わってきたと感じています。Yahoo!やGoogleなど名だたる企業が参画することで、NPOも企業も行政も一緒にやろうよ!という機運に違和感がなくなってきている。これは震災後の日本が獲得したレガシーとして相続し続けていかなければと思います。

■「かわいそうだから支援」じゃない!被災経験のある子どもが持つ特別な可能性

今村:そして、これからは震災で私達が支援した子ども達がプレーヤーになる時代に入ってきます。私たちは後輩を育て、包容力をもってチャレンジをさせてあげて、リスクをとりすぎないようサポートを続けていきたいです。特に被災地の子ども達はイノベーターシップを持った子が増えています。

駒崎:うん、本当にそう思います。この前超嬉しかったのが、仙台の小規模保育園で飲み会をやった時のこと。ある中年の保育士さんが大学生のお子さんを連れてきたんです。「どうしても駒崎さんに会いたい」と来てくれたというその娘さん、「実は私はフローレンスの”希望のゼミ”の生徒だったんですよ」と言うじゃないですか。当時1,000世帯にベネッセさんの進研ゼミの教材が買えるよう教育クーポンを配ったのですが、その支援のおかげで大学に行けたんです、と。彼女は被災中に受けた支援を通じて社会福祉に興味を持ち、福祉の大学に通っていました。「私が受けた支援を、今度は私がやりたいと思った」って。泣けたよね!「やっででよがっだ!(涙)」と心から思いました。

将来の日本を引っ張っていってくれるといいな、と本当に嬉しかったです。あの時の辛い思いも体験も、彼らの原動力、モチベーションのありかになって羽ばたいていくと思います。

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駒崎:最後に「ハタチ基金」や今村さんは今後どのような活動をしていきたいですか?社会に何を知ってほしいと感じていますか。

今村:日本の教育環境は充実してきています。いじめ問題ひとつとっても大人が総がかりでこんなに関わるのも戦後初かもしれないと思います。一方で、転ぶ石がなくなっていることは機会損失という見方もあると思います。子ども達に降りかかる災難やつらい出来事は、とらえ方によってはチャンスとも言えます。

震災直後は不謹慎な気がして大きな声で言えませんでしたが、今は震災の経験を強さに変えていくことを強くミッションとして掲げたいです。「ハタチ基金」の初志貫徹で、みんなでおせっかいをして0歳だった赤ちゃんをハタチまで見守り、支援し続けていく世の中でありたいし、それはもしかしたら社会的に必要な投資かもしれないと思い始めています。健全に転べる石ころも落ちていない社会では、子ども達のリーダーシップを引き出す機会が少ないのではないでしょうか。

現代の日本において、震災を経験してしまった子どもたちは特別な子ども達です。可哀想な子ども達への支援という視点を、そろそろ未来への投資だと転換していきたいんです。重要な資源であるイノベーターを発掘する機会だととらえて。日本の希望を作ることだと信じて、どうか多くの皆さんに応援を続けていただきたいと思います。東北だけでなく、カタリバは熊本の益城町にも事務所をオープンして、同じ様な活動をスタートしています。

駒崎:「かわいそうだから支援」じゃなくて、悲劇を乗り越えた子ども達だからこそイノベーターになっていけるチャンスがある。それを支援していきたいという発想の転換に辿り着いたということですね。悲劇を単なる悲劇で終わらせないために、社会が被災地の子ども達に関わり続けるならば、彼らの存在が日本の強みや希望となって私達を導いてくれそうです。今村さん、熱い対談をありがとうございました!

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改めて、「ハタチ基金」の意義を深く噛みしめています。「ハタチ基金」のこれからの約15年、東北の復興と日本の活力に直接寄与する活動として、これからも皆さんぜひご支援をよろしくお願いいたします。

ハタチ基金について

http://bit.ly/hatachikikin2011