東日本大震災から5年半、子ども達の居場所となった「コラボ・スクール」と今も残る埋められない傷跡

東日本大震災の被災地の子ども達を継続的に支援する「ハタチ基金」と被災地の放課後学校「コラボ・スクール」の取り組みについて、認定NPO法人カタリバ代表今村久美さんとの対談をお送りします。

■「ハタチ基金」と「コラボ・スクール」東日本大震災直後からこれまでの活動

駒崎:今回のゲストは「認定NPO法人カタリバ」の代表を務める今村久美さんです。カタリバは、子ども達への教育支援活動を行うNPOの中では日本を代表する団体です。今村さんと私のつながりは…大学が一緒だったという腐れ縁で今や19年。そうすると人生の大半知り合いですね(笑)。そんな私達ですが、東日本大震災をきっかけに一緒に被災地支援をしてきた仲でもあります。東日本大震災から6年目、世の中的には復興や支援もひと区切りといった感がありますが、そうしたタイミングだからこそ、今回、今村さんに「被災地支援の今、これから」について伺ってみたいなと思いました。

私たちが一緒に東北の被災地支援をしているのはあまり知られていないかもしれませんね。まずは、私たちの活動「ハタチ基金」について発起人の今村さんからご紹介お願いします。

今村:「ハタチ基金」は、2011年東日本大震災の起こった年に0歳だった赤ちゃんがハタチになるまでの20年間、どんな立場で震災を受けた子どもであっても、その経験を力に変えていけるように、笑顔でハタチを迎えられるように、被災地の子どもたちに必要な支援を届けていくために立ち上げたプロジェクトです(現在は公益社団法人ハタチ基金として活動)。私や駒崎さんなど、子ども支援分野で専門性の違う4団体の代表が理事を務めています。

駒崎:力タリバが2001年に設立してから一貫して取り組む社会課題は「未来を生き抜く意欲や能力が、生まれ育った環境によって左右されてしまうこと」ですね。この課題は、東日本大震災で顕著に浮き彫りとなりました。被災した子ども達が辛い体験と境遇に押しつぶされてしまわないように、悲しみをむしろ力に変えていけるような活動がしたい、という今村さんの想いに賛同したのが始まりです。

駒崎:続いて、カタリバとして行われている被災地支援活動について、具体的に教えてください。

今村:東日本大震災は、被災地の全ての人の日常を一瞬で奪いました。あの日、赤ちゃんだった子、小学生だった子、受験生だった子、様々な発達段階にある子ども達が当然いたわけですが、家屋が消失し親戚家族を失い…という未曽有の事態の中では、大人も目の前のことに精一杯で、子ども達は大変過酷な環境にありました。カタリバが活動拠点としたのは、中でも、自治体ごと家屋が流出し最も震災被害が大きかった「宮城県女川町」「岩手県大槌町」です。現地雇用のスタッフと遠方から来たスタッフとで、主に子ども達の放課後の時間を中心とした支援(「コラボ・スクール」)を続けています。

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■絶望と混乱の中、希望の場所となったカタリバの「コラボ・スクール」

駒崎:女川、大槌のコラボ・スクールではどんな成果がありましたか?

今村:実は、震災後、直ちに子ども達の置かれる環境に差が出たんです。親のソーシャルネットワークや経済力による子どもの格差があからさまになりました。家を失い、場合によっては親や兄弟を失った子ども達は、その心身のケアもされないまま地域の復興の片隅にいました。放課後帰る場所は仮設住宅で、ストレスを抱え疲れ切った家族が肩を寄せ合います。親兄弟、祖父母も一緒の空間に机ひとつで、とても勉強できる環境ではありませんでした。

そんな時、コラボ・スクールは学校でも家でもない心の逃げ場、兼勉強スペースとして機能しました。放課後安心して勉強ができる、全国の子ども達と同じように受験勉強に打ち込める居場所となったのです。また、数学、英語などの基礎学習だけでなく、インターネットを用いて海外とつないだ英語学習、ディスカッション、地域をフィールドとしたプロジェクト学習などを通じて、学校や家ではできない学びの機会を意識的に取り入れてきました。私は、教育を家庭や学校に丸投げするのではなく、社会の様々な大人が関わって子ども達を育てる「ナナメの関係」が、親の所得や学歴・キャリアに関わらず「子どもが自分で人生を切り開く力」を育てるのではないかとカタリバ立ち上げ当初から感じてきましたが、このコラボ・スクールから震災での経験を自分の中で昇華させている子がどんどん現れています。

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駒崎:コラボ・スクールで学んだ子ども達はどんな進路を選んでいるんですか?

今村:多様な経歴を持つスタッフをロールモデルとして、大学進学を始め選択肢が広がっている様です。県内の大学だけではなく、大槌高校から私と駒崎さんの母校にも入学した子がいますよ。

駒崎:目に見える成果になっているんですね。

今村:他にも大きな成果があります。日本では高校は受験勉強をする期間なので、地域社会と関わる経験をせずに過ごす子どもが多い中、被災地の子ども達は震災を経験したことで身の回りで起きている社会課題に対して向き合う素地が自然と身についています。グローバルな視野でキャリアを選択するだけなく、自分の住む地域の魅力と課題を言語化できる若者が育ってきました。未来の復興リーダーがコラボ・スクール卒業生から生まれると思います。

現地ではまだまだ厳しい状況が続いていますが、その地域が好きで関わり続けたいという若者がたくさんいれば、震災の経験を前向きに位置づけて持続的に復興に関わってくれるはずです。震災時に子ども時代を過ごした子が、これからリーダーシップをとって復興に関わるでしょうね。

■国内での関心が薄れる中、被災地は今新たな苦悩に直面している

駒崎:「ハタチ基金」の活動も震災から5年半。震災当初はみんながボランティアに来てくれて日本中が支援に積極的でしたが、現在も残って活動している団体は減りましたよね。今の被災地の様子はどんな感じなのでしょう?すっかり日常を取り戻したのでしょうか。

今村:実は、大人からも子どもからも「最近になって、涙が止まらないことがある」という言葉をよく聞きます。

ハタチ基金を支援してくださっている宮城県のある企業の方から伺ったお話が象徴的でした。彼女は自宅が石巻市にあり、周辺が全て流され自分の家だけが残ったという体験をされた方です。自分の家だけ残った罪の意識に苦しんで必死に周囲に気遣い息を殺して過ごした当時は、泣くに泣けなかった、誰もが「生き残った自分が泣いちゃいけない」「もっと辛い人がいる」「甘えてはいけない」と感情に蓋をして、目の前の課題を片付けることのみに集中してやり過ごした。でも、震災が風化して何事も無かったかのような日常が戻った今、当時の耐え難い体験が強烈に輪郭を持って心に甦るのだそうです。子ども達からも「震災の時のことを思いだすと、今の方が辛い」という声を耳にする事があります。子ども達の心の中の埋められない傷跡が表面化してきていることも指摘されていて、普通であれば家庭で愛着形成をしなければならなかった未就学時代に震災を経験してしまった子ども達の土台の部分に、明らかな揺らぎが見えてきています。

駒崎:今も子ども達の深い傷になっていると。当時にタイムマシンで戻れないかわりに、せめてその子たちに寄り添う支援が今、必要になっているんですね。

今村:ある地域では、子どもが窓を割って歩く様な荒れ方も見受けられるそうです。私達の支援があったからよかった、なかったからそうなったとは決して言えないですが、実際に差はあるのかもしれません。「ハタチ基金」に寄付を下さっている支援者の方々に対して、なかなかそうした成果を明文化できないという葛藤はずっとありますが、「どんなことでもいい、被災地の子ども達のために使ってください」とそっとお金を預けて下さる気持ちに一心に報いるためにも、今の子ども達に本当に必要な支援を届けていきたいです。

ハタチ基金について

http://bit.ly/hatachikikin2011