”受け入れられる側”になるということ〜オーストラリアのマイノリティの視点から

西オーストラリア州の州都・パースは人口200万人ほどの多文化都市(写真:アフロ)

  先日、 日本で働く外国人労働者の問題を考えるシンポジウムを聴いてきました。どうしたって少子化を止めることができない日本では、外国人を受け入れるしか生き残る道はないようで、今やコンビニ業界は、外国人労働者を選ぶ立場ではなく、彼らに選ばれるための努力をしているのだとか。

 労働力としてだけでなく、同じ社会に長く暮らす仲間として彼らをどのように受け入れるべきなのか、どんな制度が必要かを議論する壇上を眺めながら、私はずっとモヤモヤしていました。そこにいる人はみんな、自分が ”受け入れる側” であることに疑いがないようだったから。

 せっかくなら、実際に日本のコンビニで働いている外国人留学生の話も聞きたかったな。一人一人、違う人生を背負ってここに来ている彼らの声を、生で聞きたいから。

移住して知ったマイノリティの孤独

 私は5年前に、子供達の教育のためにオーストラリアのパースに引っ越しました。夫が仕事を辞めたので、せっかく辞めたなら辞めなきゃできなかったことをしてみようと考えて、最終的にそこに行き着いたというわけ。

 で、つまり移民なんですね、かの地では我ら一家は。しかも英語が流暢なわけでもなく、生活は私が日本に出稼ぎして支え、夫は無職、親類縁者ももちろんいない。豪州社会では少数派のアジア系で、中でも数の少ない日本人。めちゃマイノリティです。0からのスタートです。子どもたちは瞬く間に英語を習得して馴染んでしまったけど、親はそうもいかない。不安でいっぱいなんです。

 

 パースにいるときは優雅にのんびりしていると思われがちだけど、それじゃ食べていけないから、ひたすら執筆とテレビ会議に追われる生活。徹夜もしょっちゅうです。勤め先がないから家から出ることは滅多になく、現地の知人も増えません。そんな中で、心細さを分かち合える仲間といえば、空港と自宅との行き来で乗るタクシーの運転手さんたちです。

 みんな移民で、多くはオーストラリアに20年くらい住んでいる大先輩。パースのタクシー運転手さんはとにかく話好きで、30分の間にも結構いろんな話をします。

 あるときはソマリアから一家で内戦を逃れて来たという運転手さんが、「家では日本語で喋るの?」というから「そうですよ」と答えると「うちも家ではソマリ語だよ!じゃないと子供たちが英語しか話せなくなっちゃうからね。そしたらおばあちゃんがかわいそうだろ?ソマリ語は英語と全然違うからすごく大変。日本語は?」というので、ええ、ええ、もちろん全然違って大変ですとも!と言ってえらく盛り上がりました。セルビアから戦火を逃れてパースに来たドライバーさんとも、同じ話をしたなあ。いいよねえ、英語と近い言語の国から来た人は・・・なんて言い合っているうちに、じわっと胸が温かくなる。一人じゃないんだ。私よりもうんと大変な思いをしてここにやってきて、うんと苦労して、孤独に耐えて、それでもここでこうして生きていこうと決めている仲間がいっぱいいる。私が引っ越してくるずっと前から彼らを受け入れているこの懐の深い社会なら、なんとかやっていけるかもしれない。そしてかすかな連帯感と希望を胸に、車を降りるのです。

 たまたま私を3回も乗せたインド系のある運転手さんは、空港で荷物を下ろし ながら「なんだかもう、古い友達みたいだね。じゃあまた会おうね!」と笑顔で手を振るのでした。私も毎度、彼の息子たちが前回からどれだけ成長したかを聞かされて、もう他人とは思えない心境。お互いにそれだけの縁だとわかってはいるけれど、こうした細い細い糸が、なんとか私をオーストラリアに繋ぎ止めてくれています。

 

 もしも今、私がオーストラリアで働こうと思ったら、日本でのキャリアは全く役に立ちません。資格があるわけでもないし、英語を自在に使えるわけでもないから、現実的な仕事としてはスーパーのレジ打ちやビルのお掃除から始めるのかもしれないと思います。だから日本でそのような仕事をしている外国の人を見ると、「この人は私だ」と感じるようになりました。

 私の人生は、北半球の生活と南半球の生活とでは180度違う。日本では20年以上キャリアを積んだ仕事があって、言葉が流暢で、多少は人に知られていて、友達もいっぱいいるけど、パースでは仕事もないし言葉も不完全で、当然無名で友達もほとんどいない。日本ではマジョリティだけど、オーストラリアではマイノリティ。同じ身体なのに、二つの場所で全く正反対の立場を生きているのです。まるで人生が二階建てになったような、パラレルワールドと行き来しているような感覚。

 その心持ちで「日本は移民の受け入れをどうするべきか」を論じている人たちを見ると、彼らの “受け入れる側” であることに対する疑いのなさのようなものに、心理的な距離を感じてしまったのでした。議論の場には、 “受け入れられる側” の声も反映してほしいなあ。

「変わった日本語」に耐性を

 今後、日常生活で外国の人に接する機会は益々増えるでしょう。特に都市部では、外国語アクセントの日本語を喋る店員さんも珍しくないですよね。いま私が危惧しているのは、不完全な日本語に対する寛容さの問題です。

 日本語を母語とする人同士は、たとえ初対面でも日常会話は問題なく成立します。だから少しでも「変な」日本語を喋る人に会うと、警戒したり、見くびってしまうことがあるかもしれない。悪気はなくても、いきなり「日本語上手ですね」「日本語喋れるんですね?」などと言ってしまったり。

 でもこれ、言われる側は複雑な気持ちになることがあるかも。

 オーストラリアで何がありがたいかと言うと、不完全な英語や外国アクセントの英語にみんなが慣れていること。ネイティブ並みの英語でなくてもいちいち変な顔をされないし、こちらにわかるように喋ってくれる人がほとんど。言葉の完璧さよりも話の中身で判断してくれます。日常生活では、アクセントも習熟度も様々な英語に触れるのが当たり前です。

 どうか日本も、日本語を学ぶ人に寛容な社会であってほしいと思います。つまり日本語の母語話者でないことをいちいち珍しがらない社会になるといいなあと思うのです。このところ、外国人の店員に対する差別が問題になっていますよね。「ちゃんと日本語喋れ」「何言ってんだかわかんないよ」などの暴言を吐く人がいるというのです。言われた人はどれほど悔しく、悲しいことでしょう。ただでさえ慣れない外国暮らしなのに、その孤独は計り知れません。

 日本語を学ぶ人が気楽に日本語が喋れる世の中は、相手の言うことに耳を傾ける世の中です。この人は何を言おうとしているのかな、と相手の立場に立って想像するのが当たり前の社会。それは相手が赤ん坊でも、聴覚に障害のある人でも、病気や加齢で意思表示が困難になった人でも同じこと。丁寧に語り、傾聴することが人間関係のベースになっている社会です。私はそういう世の中に暮らしたいな。

 

 今、外国人の子供たちに日本語指導が行き渡っていないことも問題になっています。https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaiki/20170614-00072060/4万人以上もの子供たちが「日本語で学ぶ」ための日本語学習を必要としているのに、人員不足などで1万人ほどが無支援の状態だというのです。ただなんとなく喋れるだけでは、日本語で学習して進学したり自立したりすることはできません。言語の支援だけでなく、この社会はあなたを歓迎しているから安心していいですよ!というメッセージを伝えることが、何より大事ではないかと思います。

 というのも、まさに私の息子たちはオーストラリアに引っ越した最初の1年間、英語を外国語として学ぶ子供達専用のコースに通ったおかげで、とても順調にオーストラリアの生活に馴染むことができたからです。私たちが暮らす西オーストラリア州の公立小学校には、IECs(Intensive English Centres)という英語を母国語としない子供たちのための通年コースを設けた学校が何校かあり、そこでは世界数十カ国から来た子供たちと一緒に、特別カリキュラムで集中して英語を学ぶことができます。いろんな文化的な背景を持つ子どもたちと、同じ「英語を母語としない仲間」として出会えるので、多文化社会を肌身で感じると同時に、自分と同じような人がたくさんいるのだと実感することができるのです。これは言語の習得の面でも、豪州社会におけるアイデンティティの確立の上でも、非常に有効であったと思います。IECsから通常の公立校に移ってからも、ESL(English As A Second Language)という英語指導クラスのある学校なら、語学のフォローを受けながら学習を進めることができます。

 日本にもESL同様の日本語指導の試みはあるようですが、人員不足で需要に追いついていないのが実情のようです。日本語で学習することもままならない子どもたちにとっては、この先日本で生きていくのはとても不安でしょう。

 これまでは日本社会に受け入れられる側の気持ちを考える機会はあまりなかったかもしれないけれど、今は仕事で海外に暮らす機会のある人も多いし、留学経験のある人もいますよね。異文化社会のマイノリティになった実体験を語れる人が増えれば、日本の移民問題はもっと血の通った議論ができるのではないかと思います。受け入れる側だけで議論するのではなく、受け入れられる当事者の声も取り上げて、その実態を広く知らしめてほしい。少しずつそんな視点で移民問題を語れるようになるといいなあと思います。 

 【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】