夫が仕事を辞めて、自分が男女のハイブリッドであることに気づいた話

仕事も子育てもシェアしていたのに(写真:アフロ)

 自分が男と女のハイブリッドだと知ったのは、夫が仕事を辞めてからでした。

彼の人生の選択を尊重したいと思ったのに、やがてこんな思いが胸に湧き上がってきたのです。

「男なのに仕事を辞めるなんて」

「なんで女の私が大黒柱をしなくちゃならないの?」

自分は人を年収や肩書きで計ったりしない人間だと思っていたのに、こんなに典型的な「男のくせに」「女なのに」に囚われていたなんて!

  20年以上、男性と対等に働いてきた自負はあったけど、自分がいつの間にかマッチョな価値観を内在化させていたことには無自覚だったのです。男社会で生き延びるために、女性というマイノリティであることを逆手にとって少数者の特権とするべく、戦略的に自己プロデュースしてきたつもりでした。けどそれは単なる過剰適応だったんですね。そうとしかサバイブできない女の哀しみが骨の髄まで沁み通っている汚れちまったあたしが、まるで仕返しみたいに、まんま男社会の抑圧を目の前の丸腰の夫に強いたんです。働かないやつは黙ってろ、誰のおかげで食えてるんだ、って。

男女の二項対立ではない

 本当に 、心底自分にがっかりしました 。結局私、これまで憎んできた上から目線のオヤジどもと、同じ心性の持ち主じゃん。そして、激しい自己嫌悪とともに悟ったのです。もう、男女の二項対立で考えるのはやめよう。これってつまり、人をお金と権力ではかる価値観と、そうではない価値観との相剋なんだ。それはどちらも私の中にあるもので、全然決着がついていないんだと。

 大黒柱になったおかげで、それまでは考えたこともなかった「男はつらいよ」にも気づきました。やってみたら、父のように経済的な責任を一身に背負うってやっぱりしんどい。共働きだった頃とはプレッシャーが全然違います。日本の諸制度の標準となっているファミリーは長らく、働く男と専業主婦と子供二人なわけだけど、『聖母たちのララバイ』って曲とか『24時間戦えますか』ってCMなんかの20世紀末の流行りの世界観は、どう考えても男の心身を限界まで追い詰めるような働き方を礼賛していて、そんなものに異議も唱えずに働いてきた男たちは、そりゃあ認知が歪むに違いないよな・・・とつくづく思ったのです。

  考えてもみてよ、家族養うために必死で働いてさ、なのに家では無視されたり臭いとかうざいとか言われたら普通、めちゃめちゃ落ち込むよね。私だったら、もし今、夫や息子たちにそんなことされたら死にたくなるし、きっとグレる。でもそれ、やっていいことになってた気がする。おじさんは強者だからけなしていいし、体臭や薄毛を笑ってもいいって。80年代の女子高生ブーム(JKじゃなくてね)の頃に自分たちが世界で一番偉いと信じていた17歳の私も、そんな冷たい眼差しを世間のオヤジや自分の父親に向けていましたもん。新橋のSL広場でテレビのインタビューに答えてる酔っ払いオヤジも見苦しいと思っていました。けど、家に帰ったところで冷たくされるなら、赤提灯で飲みたくなるよね?

 もちろん、そもそも男の態度が偉そうだからとか、妻子を召使いのように扱うから邪険にされても仕方がないのだとかいろんな事情はわかりますよ。男尊女卑や、ましてDVなんかは絶対許せない。でもそうじゃなくて一生懸命やってても、なんかないがしろにしていい存在扱いされるじゃないですか、働くおじさんて。それはひどいよね、ってやっぱり思う。今は、新橋SL広場でフリーハグしたい気分。

 まあもちろん、そんな認知の歪みがハラスメント体質の根源でもあったりするので、ハグよりカウンセリングと教育が必要なことも確かなんだけど。それから、“おじさん(中年以上の男性)” を馬鹿にすることが、おじさんに特権を与えてしまうこともあると思うのですよ。自分たちはコケにされて傷ついているんだから、多少ひどいことしてもいいだろう、っていうね。被害者意識はときに、他者をないがしろにしたり傷つけてもいいっていう免罪符になったりする。

引き裂かれる私  

 1972年生まれの私が子供だった頃は、構造的な男女差別はまだまだあったとはいえ、学校では一応男女平等について習ったし、強権的な寺内貫太郎的父親像ではなくトホホな父親像が共有されていたように思います。「男は社会的な強者であることは自明のことなので、自虐ネタでその優位性をあえて貶めるのがイマドキのやり方」という流儀みたいなものがあったと思う。あの頃はテレビは国民的娯楽だったから、コントやCMでその手のトホホオヤジネタを散々見て、子供だったもんだから額面通りに受け取っていました。おじさんて情けなくてダサいんだ、私は自由な子どもでよかった!って。

 ところが10代にもなって知恵がついてくると、その欺瞞が鼻につくようになるんですね。オヤジどもは毎朝毎朝セーラー服の尻に手を伸ばしてくるし、とにかくがさつで偉そうで、ぎゅうぎゅうの満員電車に詰め込まれるような人生には黙って耐えてるくせに、隣の人の肘が当たっただけで憎悪をむき出しにする。なんだよこいつら、なんでこんな被害者ヅラでギスギスしてるんだよ、八つ当たりはやめてくれよと私もまたマックスギスギスしい心持ちで、痴漢との死闘を繰り広げながら電車に揺られていたのでした。

 就職にあたっては、寿退社で専業主婦になるのが幸せとかまだ言われていた時代だったけど、男女雇用機会均等法施行から8年経とうという頃に根性入れて就活した結果、放送局の専門職の内定をゲット。翌年めでたく入社して、男女関係なく高い給料が定年まで保証される勝ち組サラリーマンとなりました。

 しかしよりによって選んだ仕事がアナウンサーだったもので、いわゆる”女子アナ”っていう、賢くてちょっとおとぼけでほのかにエロい理想の秘書みたいなロールを求められることも多々、っていうかほぼそればっかということに気づき、なんだよ男と給料同じなのに話が違うじゃねえかよといきなり挫折。女子ロールを上手くこなして人気者になれない自分はダメなやつだと思うと同時に、待遇同じだっつっといて女子の踏み絵を踏ませにかかるこの空気はなんだよ!という憤りもあり、やがてそんな鬱屈した自尊心を守るために「あたしは女を捨てて働いてる信用できるやつです」という需要がない上に伝わりにくいブランディングを選択。ワークブーツに迷彩フリースを着て「ちーす」とか言いながら、技術さんたちと下ネタで盛り上がったりしてました。そのまんまの格好で大手商社との合コン(生涯にたった一度の合コンしかも欠員埋め要員)に行ったら全員引いてたなあ。スーツ姿にピアスをしていたあのちゃらリーマンは、今頃どこぞの海外支店の部長にでもなっているのでしょうか。

 でね。夫が無職になった時に、気付いてしまったのですよ。自分は女ロールを押し付けられることにあんなにも抵抗して暴れてきたというのに、他人にはめちゃめちゃ男ロールを押し付けて生きてきた、ってことに。実は、大黒柱宣言をしてから、周りの女性たちが何人も、うちも私が大黒柱なの・・・と教えてくれました。覚えているだけでも10人以上。みんな説明がめんどくさいから黙っているんですね。なんで旦那は男なのに働かないで家にいるの?職探ししないの?ってきかれるのがめんどくさいから。

 そしてそんな彼女たちもやはり私同様、無職の夫を受け入れる気持ち、つまりこれまで男社会で戦力外扱いされがちだった女性たちが味わってきた悔しさを夫に投影して「いろんな生き方があっていいと思うよ」って言ってあげたい気持ちと、そんな夫を不甲斐なく思う気持ち、つまりはお金を稼ぐ者こそが偉いという男社会まんまの価値観と、さらには、稼ぎのいい頼れる男に守られたいという刷り込まれたプリンセス願望とに、3つまたに引き裂かれているのですよ。

 今や女性も働き続けることがデフォルトになって、その働き方は正社員からパートまでいろいろだけど、いずれにしろ仕事と家事と育児の3つをどうやって回すかは男女共通の問題。実は夫婦で同じ問題を抱えているのに、社会の仕組みは男性には私生活を犠牲にして働き続ける男らしさを、女性には私生活を犠牲にして育児をする女らしさを強いて、両者を分断するのです。同時に当人たちも、いつの間にか刷り込まれたジェンダー規範で互いを縛りあって、本来シェアできるはずの課題が不仲の原因になったりする。なんと不毛なことだろう、と思います。

 人の中には父性的な面も母性的な面もあるし、仕事命のときも、私生活を守りたいときもある。誰もがそんなハイブリッドであることを前提に、働き方や生き方が設計されるといいなと心から思います。

 まだ私の中の葛藤は克服できていないけれど、夫がそのようなことを考えるきっかけを与えてくれたことには、深く感謝しています。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】