マレーシア機撃墜 米露の熾烈な情報戦

主戦場としての情報戦

 7月17日に発生したマレーシア航空17便の撃墜事件を巡り、米露の情報戦が活発化している。

 今回の撃墜事件では、全く無辜の一般人が300人近くも死亡している上、その大部分はウクライナ情勢を巡ってロシアと緊張関係にある欧州諸国の国民であった。

 このため、「今回の撃墜を誰がやったのか?」という問題が、ウクライナ情勢全体に対する各国の立場を決定的にする可能性が高い。今回の事件が「ゲーム・チェンジャー」(情勢を大きく変える出来事)と呼ばれている所以だ。

 それだけに、各国の力の入れ方は凄まじい。前回の小欄で書いたように、筆者は現在のところ、ドネツクの親露派武装勢力が民間機をウクライナ軍機と誤認したのではないかと考えているが、これが立証されるか、あるいは国際的な認識として定着してしまえば、親露派やその後ろ盾であるロシアの立場は決定的に悪化する。

 逆にウクライナのポロシェンコ政権にしてみれば、今回の件は「親露派はテロリストである」という以前からの主張にお墨付きを得た上、国際世論の支持を背景に東部での掃討作戦を一気に最終段階まで進めるチャンスとなろう。

 つまり、今回の撃墜事件を巡る情報戦は、これまでと異なり、2月以降のウクライナ危機の趨勢を決し得るもの、と考えられる。

米国による情報戦

親露派側による撃墜を主張するケリー米国務長官
親露派側による撃墜を主張するケリー米国務長官

 当初、この情報戦で優位に立ったのは米国とウクライナだった。

 これも前回の小欄で書いたが、米国は衛星、レーダー、電子偵察機といったハイテク偵察手段を総動員して事態を監視していたと見られ、ごく初期段階から、今回の件は事故ではなく親露派による攻撃であると断定していた。

 さらに20日、ケリー米国務長官は、今回の事件がロシアの提供したミサイルによって引き起こされた「強力な証拠」があるとして、以下のような点を指摘している(詳しくはロイター通信の記事に掲載されている)。

  • ロシアは親露派への武器供与を強化しており、防空システムも含めた訓練も提供している
  • 親露派武装勢力には防空システムの運用能力があり、すでに多数のウクライナ軍機が撃墜されている
  • マレーシア航空17便を撃墜したミサイルが親露派支配地域から発射されたことを確認している(※具体的な方法には言及がない)

通信傍受などから、親露派が7月14日の段階で、今回の撃墜に使用されたと見られる「ブーク」防空システムを入手していたと考えられる

  • 「ブーク」は親露派の支配地域であるトレーズとスニージュネを通過していた。これはマレーシア航空17便を撃墜可能な位置である
  • ウクライナ軍の「ブーク」は、マレーシア航空17便を攻撃可能な範囲には展開してなかった
  • 親露派が航空機を撃墜したとする会話の傍受記録がインターネット上に掲載されている。民間機と判明したあと、親露派は「ブーク」の保有や航空機撃墜に関するSNS上の書き込みを削除した
  • 「ブーク」が親露派支配地域のクラスノドンを通ってロシアに戻っていく画像が撮影されている。少なくともミサイル1本がなくなっており、発射された可能性を示している

ロシア側の反論

 これに対してロシア国防省は21日、モスクワで記者会見を開き、撃墜はウクライナ軍の仕業であると主張した。米国務省の主張に真っ向から反論する形だ。30分に及ぶ会見の模様はロシア国防省のサイトで閲覧することが可能であるが、まとめるならば主なポイントは以下の通りである。

 

  • 偵察衛星の画像により、ウクライナ軍の「ブーク」が撃墜事件当日、現場付近に展開していたことが確認できる。親露派は航空機を保有していないのに、何故防空システムを展開させる必要があったのか?
  • 電波情報収集により、撃墜事件当日にウクライナ軍の「ブーク」システム用レーダーの活動が最も活発な状態となり、事件後には低調になっていることが確認されている
  • 事件の発生時刻、上空には米国のミサイル発射警戒衛星が飛行していた筈である。これは新型センサーを搭載した試験衛星であり、弾道ミサイルより小さなミサイルの発射熱も感知できる筈だが、そのデータを何故公表しないのか
  • ロシア航空局のレーダー情報により、ウクライナ空軍のSu-25攻撃機がマレーシア航空17便の付近を飛行していたことが確認されている。Su-25は低空を飛行する航空機だが、一時的に高度1万mまで上昇することが可能である
  • 米国務省がクラスノドンで「ブーク」が目撃されたとしているが、一緒に写っている車の広告は政府軍の支配地域であるクラスノアルメイスクに貼られているものである
撃墜現場付近にウクライナ軍の「ブーク」が展開しているとする衛星画像
撃墜現場付近にウクライナ軍の「ブーク」が展開しているとする衛星画像
ロシア軍の電子情報収集によるウクライナ軍の「ブーク」用レーダーの活動状況
ロシア軍の電子情報収集によるウクライナ軍の「ブーク」用レーダーの活動状況
撮影された「ブーク」がウクライナ軍支配地域を通過しているとする画像
撮影された「ブーク」がウクライナ軍支配地域を通過しているとする画像

両者の主張に一長一短

 このように、米露の主張は真っ向から対立している。そして、両者の説明には、それぞれ一長一短がある。

 米国が主張するように、7月14日には親露派が高高度を攻撃できる防空システムを保有していた可能性は高い。当日、高度6500mでウクライナ軍のAn-26輸送機が撃墜されているためだ。これは従来、親露派が保有していた携帯型の「イグラ」地対空ミサイルでは届かない高度だ。

 だが、米国の主張する「親露派支配地域からミサイルが発射された」という情報については、これを裏付ける生データが公表されておらず、現時点では「そのような情報がある」と米国が一方的に主張しているに過ぎない。

 一方、ロシアは衛星画像や連邦航空局のレーダー画像まで公開し、この意味では米国務省よりも説得力は高い。このような「目に見える」形の資料をロシア側が出してきた以上、今後は米国も何らかの「目に見える」証拠を提出せざる得ない局面となる可能性は高い。

ロシア軍の「コバルト-M」偵察衛星
ロシア軍の「コバルト-M」偵察衛星

 ただし、問題の衛星画像は、どの衛星から撮影されたかが不明である。現在、ロシアが軌道上に配備している偵察衛星はコバルト-Mとペルソナが1基ずつしかないが、前者はフィルムを地上で回収する旧式衛星で、5月に打ち上げたばかりであるため、まだフィルムは戻ってきていないはずだ(今回の件を受けて回収予定を早めた可能性もあるが、欧米の宇宙ウォッチャーからはコバルト-Mの運用終了に関する情報は伝わってきていない)。

 ペルソナは最新鋭の電子光学衛星であるため、画像をリアルタイムで地上にダウンリンクすることが可能だが、同衛星については打ち上げ後に不具合が生じていると伝えられている上、よしんば正常に稼働しているとしても最新鋭衛星の生画像をロシア軍が公開するかどうかは疑問符のつくところだ。民生用のレスールス資源探査衛星や欧米の商用衛星を使用した可能性もあるが、結局のところ出所がはっきりせず、結果的にこの画像が本当に事件当日のものであるのかどうか確証が持てない。

 また、電波情報については、その傍受能力は最高機密に属するものであるために、米露ともに生情報は開示していない(ロシア側が開示したのは、確認されたレーダー稼働数のグラフのみ)。

 さらにロシアはウクライナ軍のSu-25がマレーシア航空17便に接近していたと主張するが、こうなると、撃墜したのは「ブーク」なのかSu-25なのかはっきりしない。しかもSu-25は低空を飛行する攻撃機であるから、1万mというのは「そこまで行けないこともない」という数字に過ぎず、実際に武装を搭載して戦闘が行える「実用上昇限度」は7000m程度である(製造元であるスホーイ社のサイトにもそのように記載されている。Su-25T系統の機体だけは実用上昇限界が1万mと高いが、ウクライナ軍は保有していない)。

 さらに言えば、ウクライナ空軍はより高高度でも戦闘機動が可能で、長距離交戦能力を持つSu-27やMiG-29といった戦闘機を保有しており、もし航空機で撃墜しようとしたのならばこちらを使用するだろう。この意味でも、ロシア国防省の主張には不可解な部分が残る。

ロシア側のリスクヘッジ策?

 とはいえ、前回の拙稿でも紹介したような各種の状況証拠からすれば、やはり現状では親露派による誤認撃墜という線が濃厚である、というところで国際世論は固まりつつあるようだ。

 すでに現地にはマレーシアなどの専門家が到着し、フライトレコーダーが回収されたほか、今後は機体の残骸の調査も始まると思われる。機体の被弾箇所の調査などが可能であれば(燃え尽きている可能性もあるが)、少なくとも撃墜したのがSu-25の搭載ミサイル(R-60)か「ブーク」か、という程度のことは明らかになってくるだろう。

 そこで注目したいのがロシア側の態度だ。前述のように、米国はケリー国務長官が「親露派とそれを支援するロシア」という構図で多くの証拠を提示し、オバマ大統領やバイデン副大統領などの国家トップもこれを支持している。

 ところがロシア側は、直接的なウクライナ批判はもっぱら国防省や国連大使に任せ、プーチン大統領は「東部で戦闘が起こっていなければこのようなことにはなっていなかった」と間接的にウクライナを批判する発言しか行っていない。この言い方では「撃墜した主体は他にいるが、戦闘状態を発生させたウクライナにも責任がある」という風にも解釈でき、ウクライナが撃墜したのだという国防省の主張とはかなり温度差がある。

 うがった見方をするならば、親露派による攻撃であることが言い逃れできなくなった場合に備えて、やや親露派と距離を置いた発言を行っていると取ることも不可能ではあるまい。

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