今週、山場を迎えるウクライナ情勢

ウクライナ危機はどこまでエスカレートするのだろうか。

3月末から4月にかけては、ウクライナ国境に最大4万人とも言われるロシア軍が展開していることが衛星写真で確認され(詳しくはこちらの拙稿を参照)、ウクライナ東部に対するロシア軍侵攻が取りざたされた。しかし、4月末にショイグ国防相がヘーゲル米国防長官との電話会談で「ウクライナに侵攻する考えはない」と述べたのに続き、5月6日にはNATOのブリードラブ欧州連合軍司令官が「ロシア軍侵攻の可能性は低い」と述べるなど、ロシア軍の直接介入の危険性は低下したかのように見える。

だが、ウクライナ危機自体は収拾には向っていないばかりか、様々な意味で危機は高まっていると筆者は考える。しかも、今週中にはひとつのピークを迎える可能性が高い。

緊迫化するウクライナ東部情勢

ウクライナ東部では親露派による公的機関の占拠や新たな襲撃が続いている。

前述のブリードラブ司令官も指摘しているように、その背後にはロシアの特殊機関や軍の特殊部隊による支援があると考えられる。つまり、正規軍による侵攻はなくてもロシアによる非公然の介入は現在進行形ですでに起こっていると言える。

また、5月に入ってから始まった暫定政権の第三次スラビャンスク掃討作戦では、暫定政権側が投入した約20機のヘリコプターのうち実に4機が撃墜または破壊された。ロシア側から、携帯型地対空ミサイルなどの武器を供与されていなければ、ただの親露派民兵にここまで出来る筈は無い。暫定政権が今後さらに掃討作戦を強化してくるであろうことを考えれば、ロシア側もこれに応じて東部での騒擾をさらに拡大させるべく工作活動を大規模化させる可能性が高い。

一方、西側も暫定政権に対して様々な支援を行っている。一般的な民主化支援だけでなく、ティモシェンコ元首相への資金供与などが取りざたされているほか、暫定政権側の治安部隊に米国のPMC(民間軍事会社)が傭兵として雇われているとの報道も後を絶たない。さらに4月、米国のブレナンCIA(中央情報局)長官がキエフを極秘訪問していたとロシアの「インターファクス通信」が報じたほか、5月にはドイツの「ビルト」紙が、CIAやFBI(連邦捜査局)の掃討作戦のアドバイザーとしてキエフ入りしているとの暴露情報を報じた。

このように、ウクライナでは米露の直接的な軍事力行使は発生していないものの、両国の支援を受けた勢力の活動や非公然の介入が拡大しつつある状況と言える。

先鋭化する暫定政権と親露派

しかし、ロシアがウクライナ東部の事態をどこまでコントロールできているのかは疑問である。クリミア占拠の場合は、ほぼすべてをロシア軍(もともと駐留していた黒海艦隊の海軍歩兵部隊と本土から増援として入ってきた空挺軍部隊等)がモスクワの統制下で整然とやってのけたが、ウクライナ東部で戦っているのは大部分が地元の住民で、ロシア側は工作員を通じて武器・資金・戦術などを提供しているというのが実態であろう。

ところが、最近になって親露派勢力は現地入りしたOSCE(欧州安保協力機構)の監視団員を拘束したり、捉えたSBU(ウクライナ保安庁)の将校が拷問を受けた姿を見せしめ的に公開する等という挙に出ている。また、スラビャンスクでは暫定政権派の議員が拉致され、拷問を受けた遺体で発見されるという事件も発生しており、やはり親露派による犯行とみられている。こうした非合法かつ残虐な行動はこれまでの東部親露派には見られなかったもので、暫定政権との対立の高まりに応じて先鋭化が起こっているように見える。

同じことが暫定政権派についても言える。暫定政権内に過激な極右勢力が入り込んでいることは以前の拙稿で紹介したが、5月2日にウクライナ南部の都市オデッサで発生した虐殺事件(「虐殺」という言葉をあえて用いる)は、その危険性を改めて見せつけるものであった。

オデッサはこれまで東部の諸都市からは一線を画していたが、4月半ばに親露派が「オデッサ人民共和国」の樹立を宣言し、東部と呼応する姿勢を見せた。その拠点が市内の労働組合会館だったが、これを、右派セクターを中心とする暫定政権派が包囲し、火を放ったのである。死者は現在までに分かっているだけで40人以上にも及ぶ。しかも右派セクターは火をつけただけでなく、建物内で妊婦を含む親露派を絞殺するなどしていた疑いもあり、ヤヌコーヴィチ政権が倒れた今年2月のキエフに匹敵する暴力がウクライナの広い地域で見られるようになってきたと言わざるを得ない。

暫定政権による掃討作戦と迫るタイムリミット

このように、ウクライナの南東部では情勢の不安定化が著しいが、暫定政権側にはこれを鎮圧する能力が乏しい。

これも以前の拙稿で述べたように、弱体化の進んだウクライナ軍では一部の精鋭部隊を除いてまともな作戦能力を保持した部隊がほとんどない。内務省は鎮圧部隊「ベルクート」を隷下に擁していたが、暫定政権が成立すると報復を恐れ、大部分がクリミアやドネツクなどに逃亡してしまった(その一部はロシアから提供された制服に着替えて警察庁舎などの占拠に参加していると見られる)。

このため、暫定政権側はかつて自分たちを鎮圧する側だったベルクート隊員たちに「どうか内務省に戻ってきてほしい」というちょっと信じがたい呼びかけを行っているが、応じる者は少ないようだ。

このため、暫定政権は2月に徴兵された一般市民や右派セクターの行動隊から成る国民親衛隊を内務省内に発足させたが、それでも間に合わず、今度は一般市民を武装させ始めた。東部諸州では「ヴォストーク(東方)」、オデッサでは「キエフ-1」と呼ばれる民兵部隊が編成されているようだが、彼らが暫定政権のコントロールを離れて手が付けられなくなるリスクもはらむ。前述のように相互の憎悪が燃え盛っている状況下で一般市民を武装させれば、最終的にはユーゴスラビアのような民族浄化を伴う内戦にまで発展しかねない。

それでも暫定政権がこうした手法を選択するのは、タイムリミットが迫っているためだろう。

第一に、親露派は5月11日に住民投票を実施する構えを崩しておらず、ネット上にはすでに投票用紙の画像まで出回っている。しかも、ドネツク州の親露派勢力「ドネツク人民共和国」によると、これは当初言われていたような「ウクライナの住民投票を問う」といったものではなく、「ドネツク人民共和国の独立を問う」ものになるという。明らかにクリミアのようなロシア編入を見据えた動きと考えられる(ただし、これがロシアの意図に基づくものかどうかは疑問がある)。

第二に、暫定政権側としてはこのような投票は認められないのはもちろん、5月25日に迫った大統領選をなんとしても実施して正統性のある政権を早く打ち立てる必要がある(ロシア側が指摘する通り、現在の暫定政権は、憲法に規定がないにも関わらず議会が勝手に大統領を解任した上で成立しており、正統性に疑問がある)。

このため、かなりのリスクを冒してでも東部諸州の早期鎮圧を図ろうとしているものと考えられる。

ロシアによる介入はあるか?

以上、ウクライナ危機が今後も長引くであろう5つの理由を挙げた。

問題は、本稿の冒頭でも述べたとおり、それがどこまでエスカレートするかであろう。

ロシアとしては工作員を通じて東部諸州での騒擾を煽り、ウクライナの連邦化など、ロシアにとって有利な落としどころを強要するのが最終目標であろう。一方、ウクライナ暫定政府にしてみれば、ロシアの軍事介入を招きそうなロシア系住民の大量死傷は避けつつ、しかし早期に東部の親露派を排除するという綱渡りを強いられている。ただ、いずれにしても軍事介入を望んでいないという点ではロシア側もウクライナ側も、そして西側も同様であろう。

問題は、事態が各国の思惑からはずれてしまった場合だ。すでに触れたように、ウクライナでは親露派と暫定政権派の双方が先鋭化し、すでに陰惨な虐殺が部分的に発生している。また、暫定政権が市民の武装化を進めていることも併せて考えるに、ウクライナ国民同士の憎悪が爆発した場合には、大規模な虐殺や騒擾へと発展する可能性は排除できない。

こうなった場合、ロシア側もおそらくは軍事介入に踏み切らざるを得なくなるだろう。すでにプーチン政権は今回のウクライナ危機を通じてナショナリズムを相当に煽ってしまった上、明後日(5月9日)には対独戦勝記念日という、ロシアのナショナリズムが最高潮に達する記念日まで控えている。この前後にウクライナでロシア系住民が多数死傷するような事態となれば、軍事介入の可能性は格段に高まる。

さらに厄介な可能性を考えるならば、事態がウクライナだけで収まらない可能性もある。

ウクライナの西隣にあるモルドヴァの沿ドニエストル地方だ。沿ドニエストルはその名の通り、ドニエストル川右岸とウクライナ国境とに挟まれた細長い地域だが、ロシア系住民が多く、「沿ドニエストル共和国」を名乗ってモルドヴァから事実上、独立している。沿ドニエストルはこれまでにもロシアに対して編入要請を行っていたが、クリミア編入を受けてさらに複数回の編入要請を行う等、ウクライナに続く発火点となる可能性が指摘されている地域だ。

しかも、前述のオデッサにおける労働組合会館の犠牲者の中には沿ドニエストル出身者が混じっていたとも言われ、すでにウクライナの親露派と沿ドニエストルとが実際に連携している可能性が出てきた。また、沿ドニエストルは海への出口を持たず、ロシアとの国境も接していないため、ちょうど玄関口にあたるオデッサの地理的重要性は高い。このため、一部の軍事専門家は、ロシアが実際に軍事介入を行うならば東部への侵攻だけでなく、クリミアを策源地として一気にオデッサまで狙うのではないかと予想する向きもある。

もちろんこれらのシナリオは現時点では「最悪の可能性」に属する部類のものである。それがどれだけ蓋然性を持ったシナリオとなるかは、今後数日、特に5月9日の戦勝記念日から11日の住民投票付近の情勢の推移に掛かってこよう。