「永く鬱積すれば、民心離散すべし」 勝海舟の言葉

正月の休み中に「海舟座談(厳本善治編、勝部真長校注、岩波文庫33-100-1、第46刷、2013年)」を読みました。

勝海舟が氷川町の自邸に訪れた無数の人々と交わした会話の一部を再現したものです。

きっかけは、半藤一利さんの著書「それからの海舟(筑摩書房、2013年)」です。

この中で「勝っつあん」ファンの歴史探偵を自称する半藤さんが、大政奉還から江戸城明け渡しの大事業を武力衝突することなく成就させ、英仏など外国の武器供与を甘言を拒否して日本の植民地化を防いだことや、同じ文脈で東アジアの隣国同士の日中韓の友誼を優先するべく説いたこと、さらには明治維新後には旧幕府で禄を食んでいた武士たちを自立させる上で大きな役割を果たしたこと、明治政府の人材不足からフィクサー的政治家として大筋を外さずに影響力を与え続けたことなど、勝海舟の豪快で繊細で明敏な人物像を描いています。

NHKを退職してからのことですが、私は足尾銅山のドキュメンタリーを制作しました。

日光市足尾町の足尾歴史館、ボランティアが運営し、今年めでたく10年目を迎えます。ドキュメンタリーは足尾歴史館を訪れるお客さんの参考になるようにつくりました。

足尾銅山といえば下流の渡良瀬川流域を汚染した鉱毒事件で悪名高く、日本の公害の原点とまで言われています。

しかし、明治時代には政府の「殖産興業、富国強兵」の国策に沿った優等生として銅を生産し、日本の工業化、近代化に貢献したことも事実です。

鉱業優先で生産を急いだ結果、足尾周辺では目を覆うばかりの環境破壊が進み、鉱毒が垂れ流されて、渡良瀬川下流域の農民漁民の暮らしと健康を広く深く奪うことになりました。

反鉱毒の指導者が田中正造翁で、昨年没後100年でした。そんなこともあって、同時代人である勝海舟は足尾の鉱毒について何と言っているかを「海舟座談」に探してみたところ、予想通り、ありました。

まずは、明治30年(1897年)3月27日の座談です。

前年に大洪水があり、鉱毒被害の深刻さがようやく世間の耳目を集めるに至りました。

政府は足尾銅山に鉱毒防止工事を命令します。土砂流失を防ぐ堰堤、浄水池、排煙の脱硫装置を建設せよというもので「150日以内に完成させないと操業停止を命ずる」としました。

厳しい命令でしたが生産力に技術が伴わない頃だけに、残念ながら初めから大きな効果は期待できませんでした。

「鉱毒問題は、直ちに停止のほかない、いまになってその処置法を講究するのは姑息だ。まず正論によって撃ち破り、前政府の非を改め、その大綱を正し、しかして後、その処分法を議すべきである。しからざれば、いかに善き処分法を立つるとも、人心快然たることなし。いつまでも鬱積して破裂せざれば、民心遂に離散すべし。既に今日のごとくならば、たとえ鉱毒のためならずとも、少しその水が這入っても、その毒のために不作になるように感ずるならん」

足尾銅山について言及しているのですが、福島原発事故の原因すら不確かなのに原発再稼働に前のめりで突き進む現政権に聞かせたい言葉です。

東電処理に通じる言葉もあります。再稼働しなければ電気料金が上がるぞと消費者を脅迫するような姿勢ではあってはならないとする指摘です。

「いかにして民心を安んぜんや。古河(古河鉱業社長)も拾万円くらいの純益を吾が有にしてその他を散じ、終わりを克くすれば続くが、さなくして永続する道理あろうや」

また、次のようにも述べています。

「前政府の非を改むるは、現政府の役目だ。非を飾るということは宜しくない」

原発推進に関して、「前政府」も「現政府」も自民党の歴代政権であることは言うまでもありません。小泉元首相の「君子豹変の反原発」は、もしかしたら「海舟座談」を読んだのかしらん。

明治32年1月2日の座談に、もういちど足尾が登場します。

海舟は17日後の1月19日に大往生していますから、その寸前のことです。

鉱毒被害の激甚地谷中村一帯を遊水地の底に沈める計画に対し、田中正造らは勝ち目のない反鉱毒の闘いに突き進んでゆきます。

「(海舟自身が)歌が詠んであるよ。“かきにごし かきにごしなば 真清水の 末くむ人の いかにうからむ”。明治27年(作)サ。・・・何か、もちあがりそうかェ。どうせ、血を見ずには、止むまいよ。一つ騒ぐ方がいいのサ。関東というところは気風が妙だからな。・・・敵になると、何ということなしに、骨肉相殺すまでに至るのが(気)風だ。その代り、一ツ解けてくると、またガラリとするのだ」

反鉱毒の農民と政府の指揮下にある警察が正面衝突する事態は避けられない。そんな状況になって来たことに対する言葉です。

海舟らしい偽悪的な表現も感じられますが、事件を治める上での政治家的思考も見えています。

しかし私には、メディアに対する苦言のようにも聞こえます。

洪水のような報道合戦は一瞬のこと、たちまち過去のことになって「あの大騒ぎは何だったのか」ということになりがちな「メディア・スクラム」現象です。

メディアの健忘症が批判されるゆえんです。

原発の安全性から経済性にテーマが移りつつあります。再稼働がさらに現実的になって来たからと言って、原子力ムラのキャンペーンに乗っての報道が本格化することがあってはなりません。

海舟の言葉の「一ツ解けてくると、またガラリとするのだ」は、メディアに対する警鐘ではないでしょうか。