「吾輩は猫である」に見つける「今年の言葉」

私には奇妙な習慣があります。年の暮れになると、夏目漱石の名作、「吾輩は猫である」を読むのです。

10年ほど前の年末に、たまたま本棚にあった夏目漱石の名作、「吾輩は猫である」を手にとって拾い読みをしたら、なんだかたいへん面白くなって、改めて最初から最後まで読み直してしまいました。

その時から習慣が始まりました。

思えば最初に読んだのは小学校の真ん中へんだったように思います。小学生くらいで内容を理解していたかどうかは定かではありません。記憶に残ったのは、主人公の猫が来客の呑み残した酒をなめて酔っぱらい、水甕に落ちたまま夢心地の中で最期を迎えるところくらいでしょうか。

それから私も歳を重ねること幾星霜、しかし、今に至っても読めばその都度、大いに合点し感動する作品です。

何十年かぶりに読んだ「吾輩は猫である」は新鮮でした。

猫が語る諧謔に満ちた警句と文明批評は、百年以上の歳月を経ているのに現代にも十分通用するものでした。

猫の慧眼に「そうだそうだ」と共感します。

猫、ではなく、夏目漱石は、やっぱり日本を代表する文字通り文豪です。

そんなわけで、年末になると「吾輩は猫である」を読む習慣が始まりました。

そして年ごとに、「猫」の現代性に気がつくというしだいです。

たとえば、次のようなところ。

主人公の猫が、深夜に忍び込んだ泥棒に対し警告の鳴き声ひとつ出さなかったことから、来客の一人に泥棒はともかくネズミを取らない猫は、鍋にして食うしか役に立たないといわれて、一念発起、台所に出没するネズミ軍団を捕らえようと作戦を練る場面があります。

見渡すとネズミの侵入口がどうやら三カ所ありました。応援のない孤高の猫は三面攻撃を受ける心配があります。とはいえ対処する知恵が浮かびません。しかたがないので心配するのを止めることにします。

『・・・吾輩の場合でも三面攻撃は必ず起こらぬと断言すべき相当の論拠はないのであるが、起こらぬとする方が安心を得るのに便利である。安心は万物に必要である。吾輩も安心を欲する。よって三面攻撃は起こらぬと極める・・・』

その挙句、気配はすれども姿を見せぬネズミに翻弄され、たまに出てくるのを追っても逃げられ、ついに『小癪と云おうか卑怯と云おうかとうてい彼等は君子の敵ではない。・・・』と捕まえるのは諦めて台所の中央に座り込んで、そのまま眠り込んでしまいます。

そこに突然ネズミの奇襲攻撃。棚から食器やジャムの空き缶が転がり落ちるという深夜の大騒ぎに発展します。

「心配なことは予想しない、都合の悪いことは想定外にする」。

2011年の年末に読んだとき、福島原発事故と重なって印象に残った一節でした。

猫の飼い主である苦沙弥先生宅に訪れてはホラを吹く友人の迷亭という人物は、『約束を履行したことがない。それで詰問を受けると決して詫びたことがない』と評されています。

あるとき、迷亭は苦沙弥先生にサルスベリの花が散る前に美学の論文を書き上げる、書けなかったら西洋料理をおごると約束をします。

しかし、迷亭は取り掛かる気配すら見せません。やがてサルスベリの花が一輪残らず散ってしまいました。論文はできないからと苦沙弥先生が約束の履行を迫ると、迷亭はいっこうに取りあいません。その言い分が絶妙です。

『吾輩(迷亭)は意志の一点においては何人にも一歩も譲らん。しかし残念なことには記憶が人一倍ない。美学論文を著そうとする意志は充分にあったのだがその意志を君に発表した翌日から忘れてしまった。・・・著書ができなかったのは記憶の罪で意志の罪ではない。意志の罪でない以上は西洋料理をおごる理由はない・・・』

民主党政権があっけなく崩壊したのは、原点であったはずの公約の政策をあっさりと放棄し、旧自公政権に限りなく近づいたことに大きな原因がありました。

2012年末に読んだ時に、「意志はあったが記憶がない」という民主党にぴったりの言い訳。まさにその通りと悲しい気持ちで拍手しました。

さて、2013年。

戦没者を追悼したいなら千鳥ヶ淵の戦没者墓苑に行けばいいものを、靖国神社に奇襲参拝した首相の自己愛過剰の行動は、中韓のみならず、アメリカ、ロシア、欧州各国からも時代錯誤との非難を浴びました。

側近も止められないという「信条」に従ったのだそうです。

政治家の家に生まれ、周囲から無条件に囃されて育ち、後援会のお神輿に担がれて権力の座に就き、いまではソーシャル・ネットワークの「いいね!」の数が世論だと思っているらしい首相の、画に描いたような自己愛過剰の独断専行でした。

「吾輩は猫である」の中の場面でいえば、苦沙弥先生の家近くに住む実業界の成功者、金田家からの金田夫人が訪れた時の描写と共通点があり、思わず笑ってしまいます。

自己愛過剰な金田夫人は立派な鼻の持ち主。そこで猫は一目見て鼻子と命名してしまいます。

鼻子は『ちと伺いたい事があって、参ったんですが・・・。宿(やど。夫のこと)が出まして、お話を伺うんですが、会社の方が大変忙しいものですから・・・。会社でも一つじゃないんです。二つも三つも兼ねているんです。それにどの会社も重役なんで・・・』という具合に恐れ入るだろうと弁じ立てるのですが、学者の苦沙弥先生には金田のどこが偉いのか一向に通じません。

金田夫人は、いつもと勝手が違って通じない初体験にあたふたしてしまいます。

『鼻子の方では天が下の一隅にこんな変人がやはり日光に照らされて生活していようとは夢にも知らない。・・・金田の妻(さい)ですと名乗って、急に取扱いの変わらない場合はない、どこの会に出ても、どんな身分の高い人の前でも立派に金田夫人で通して行ける、いわんやこんな燻りかえった老書生においておやで、私の家は向こう横丁の角屋敷ですとさえ云えば聞かぬ先から驚くだろうと予期していたのである』

金田夫人は自分の「信条」を認められないので大いに不満なのですが、私には猫の方が目は確かで、常識的で、普通の人の感覚だと思います。