「私のBBC」と「みなさまのNHK」

4月に英国放送協会BBCの会長に就いたトニー・ホール氏は、「単に“BBC”と言わないでほしい。“私のBBC”か、“私たちのBBC”とこれからは呼んでほしい」と将来のヴィジョンを語りました。

視聴者ひとりひとりのニーズに合わせた個人化サービスを目指すという意味で、10月8日にBBCにスタッフに向けたスピーチでした。

在英ジャーナリストの小林恭子さんがGALAC誌の12月号に「海外メディア最新事情 “私の再生機”から“私のBBC”へ――番組予定表よ、さようなら」というタイトルで報告しています。GALACは放送批評懇談会の発行する月刊誌です。

ホール会長の発言が意味する最大の具体例は「見逃し視聴サービスです。”BBC iPlayer”の充実です。

トンプソン前会長時代に「いつでも、どこでも、好きな時に」見逃した番組を放送から7日以内ならテレビ、パソコン、携帯で見られるようにしました。

ホール会長は、放送から30日に延長し、一部はテレビと同時に見られることにもし、またNHKの総合テレビに当たるBBC-1の放送を、1時間ずらして放送する新チャンネルを創設するそうです。

これからはテレビ、パソコン、携帯にタブレットを加えた「4つの画面」で番組を提供することになります。

こうした個人化、利便性の向上で現在週に2億5000万人の視聴者を2020年には倍増するとしています。

NHKにもオンデマンド制度があって、見逃し番組を有料で視聴できます。しかしBBCでは無料です。わずかな金額とはいえ、無料の方が放送局に対する満足度がちょっとは高くなるでしょう。

イギリスに住む人が1日にテレビを見る時間は4時間だそうですが、5年前に比べて伸びているといいます。「4つの画面」で見る人が増えれば、テレビが家庭、学校、職場で話題になる可能性が高まることも考えられるわけで、枕詞のようになって来た「テレビ離れが進んで…」という認識は、多少の期待を持って言わせてもらえるならば、逆に時代遅れになってくるかもしれません。

それでは、「私のBBC」ではなく「みなさまのNHK」を標榜するわが日本国ではどうかといえば、彼我の違いに慄然とするものがあります。

「みなさまのNHK」ならぬ「安倍さんのNHK」になってしまうのではないかとの心配がいよいよ現実になってきました。

BBCに比べると、視聴者の利便性を増して満足してもらいたいという姿勢に対極の、視聴者に現政権のさまざまな方針を浸透させようとする真逆の姿勢が際立ちます。

その一歩がつい最近刻まれました。11月8日、NHKの経営委員5人の国会同意人事案が衆参両院の本会議で可決されました。

経営委員はNHKの最高意思決定機関で会長の任命権、年間予算に関する提案の議決権などがあります。全12人で今回4人が新任、1人が再任されました。

特に新任4人のうち3人の顔触れは、「再び日本を立ち上がらせるエース、安倍晋三」と持ち上げる作家の百田尚樹氏、JT顧問で安倍さんの元家庭教師の本田勝彦氏、保守系団体の日本会議メンバーで熱心な安倍サポーターである埼玉大学名誉教授の長谷川三千子氏。

安倍さんのバリバリの代理人と見られる人物が経営委員になったのです。

国会で人事案を反対したのは、共産党と社民党は5人全員に、民主党は新任4人に対してでした。これは記憶にとどめておきたいことです。

集団的自衛権の解釈改憲、知る権利を脅かす特定秘密保護法案、原発再稼働問題、福島被災地の住民の健康問題に除染・帰還問題、発送電分離など電力問題、経営優先の東電問題、TPP、教育改革、公務員改革、社会福祉、格差拡大、対中・対韓の歴史認識・・・など、会長の首をすげ替えてNHKの報道に介入し、世論操作を果たしたいという意図が丸見えの国民を愚弄したやりかたです。

それでも、衆参両院で圧倒的多数を占めている自公政権ですから、まさに怖いものなし、やりたい放題、手続き的には合法的な人事になってしまいました。

しっかりしてもらいたいのはNHKの現場です。職員は賢い人が多いので自己規制や保身から「安倍さんのNHK」に追従しがちですが、ジャーナリストにはこころざしが大切です。

少数でも「みなさまのNHK」の基本理念を貫抜く人がいてもらいたい。そんな人がいる限り「私たちのNHK」であることを忘れない視聴者もまだまだいるのです。