「カバタ」の里、湧水と暮らす

連日の記録的猛暑、降れば豪雨、降らねば渇水。日本の夏はどこへ行ったのでしょうか。

一方、福島原発では汚染水の漏出に打つ手なしと事態はますます悪化しています。

水に関して毎日重いニュースが伝えられています。

そんななかで、きょうは水と豊かな暮らしを営んでいる暮らしがある、という報告です。

先日、琵琶湖北西部に位置する滋賀県高島市新旭町針江にある「カバタ」を見学する機会を得ました。「カバタ」は川端のことのようですが、抑揚はつけずにフラットに発音します。

滋賀県と京都府の境にある比良山脈に降った雨は、安曇川(あどがわ)となって琵琶湖に流れ込むのですが、新旭町針江はその安曇川の扇状地にあります。扇状地ですから伏流水(地下水脈)が豊富で、10メートルから20メートルの井戸を掘れば清冽で豊富で美味なる水がこんこんと湧きだすという、何とも恵まれた環境の中にあります。

「比良の山から200年かけてきた水」だそうで、水温は1年中変わらずに13℃ほどの、まさに適温。針江の人々は昔から湧水とともに暮らしてきました。湧水との暮らしは現在も健在で、その象徴が「カバタ」なのです。

伝統的「カバタ」は、太い孟宗竹を地面に打ち込み水脈に突き当たれば自然に水が噴き出してくるという、ごく単純な仕組みです。

まず、その湧水を甕(かめ)に貯めて飲料水、上水に使います。

水はどのカバタもおいしいことに変わりはありませんが、味は家ごとに微妙に違います。井戸の深さによって水脈が異なり、溶けている成分のわずかに違い、それが不思議なほど味の違いになって感じられるのです。

甕の中に、今の季節だと、トマト、キュウリ、マクワウリ、スイカなどを浮かせて冷やしています。郷愁を誘う風景でした。

甕から溢れる水を2,3畳ほどの区画に貯めて、そこは洗いものに使います。

鯉も飼っています。区画から流れる水は川へとつながるのですが、川からヨシノボリのような小魚が上って来て紛れ込んでいます。

どの「カバタ」の鯉もそろって巨大なのにはびっくりします。

大げさではなく小型のマグロほどもある巨大な鯉が何匹も泳いでいるのを見ました。

「鯉は食べるのですか?」と聞いたところ、

「最近は食べなません。何十年も餌をやって飼ううちに情が移って食べられない。手から直接に餌を食べます。大事なペット、家族の一員です」ということでした。

「カバタ」は住居の一部になっていて、そこを仕切っているのは一家の主婦のようです。主婦の意向(威光?)が鯉を食料からペットに変えたのでしょう。

各戸の「カバタ」の水は川に流れ、川を通じて針江の家々と人々はつながっています。つながっているだけに、汚染しないように注意するのに加えて、利用には思いやりが欠かせません。

そのもとになるには普段からの交流、情報の交換です。交流があるからこそ「カバタ」が存在し、「カバタ」があるので交流が生まれるという湧水のような循環が、針江のコミュニティーには出来上がっているのです。

交流の中には、協働作業があります。

一例が川の梅花藻の刈り取りです。地区の中央を流れる針江大川の梅花藻は、かつて水運が盛んだったころは船底に削られていたそうですが、今は総出で刈り取ることになっています。いちばんの理由は洪水防止で、万一に備えて川底を深くしておくのです。

夏の作業で刈り取る梅花藻は200トン、有機農業をしているIさんの畑で天日乾燥して40トン、そのまま発酵させて堆肥にするということでした。

協働作業には、子どもからお年寄りまでそれぞれに役割があります。夏には発泡スチロール製のいかだ下りで子どもたちの遊び場になる川ですが、湧水と川が針江の実利的のみならず、精神的柱になっていることがわかります。

かつて琵琶湖の汚染が問題になり、周辺自治体は上下水道を整備しました。

針江にも湧水とは別に、上下水道があります。つまり3系統あるのです。

「カバタ」を案内してくださったガイドさんに、

「上水道を使うのですか」と聞きました。すると、

「若い人の中には、蛇口をひねれば水が出るのは便利でいいというけれど、味が違う。水道水は塩素で臭い。カバタの湧水に勝るものはありません。それに無料です」

「では、水道は何のために?」

「基本料金を払っているので、洗車くらいかな」

何とも贅沢な話です。眩暈がしました。

全部ではないということですが、湧水をポンプで自宅の配管に送り込んでお風呂にも洗濯にもトイレにも使えるそうです。

ただ、上水に対して下水は重要です。汚れた排水を川ではなく下水に流して処理することは、川をきれいに保ち、琵琶湖の汚染を防ぐのに役立っています。

琵琶湖の水は関西の重要な水源です。

ひところ洗剤に含まれるリン成分よる富栄養化で藻類が繁殖し、その臭いがするということで琵琶湖の水の評判は散々でした。正直言って、今でも東京の水に比べて琵琶湖の水は飲むのに覚悟が要ります。

そこで洗剤の代わりに石けんを使用する運動が展開され、一定の効果を挙げましたが、最近また洗剤回帰が起こっているということです。水中のリンも増えていると言います。琵琶湖の汚染防止を浄水技術だけに頼ることはやはり限界があります。

ところで、「カバタ」のある針江は観光地ではありません。

何か目玉になるものがあると人が集まることを期待して、雇用を増やす「地域おこし」が盛んになり、レストラン、民宿、土産物屋が軒を並べて観光地化する例がよくありますが、針江はその方向を拒否しました。

「カバタ」は家庭の敷地内にあり、観光客が入り込むと日常の暮らしが危うくなるからです。確かにその通りで、基本的マナーの欠落した人が物珍しさに殺到したら、たまったものでないことは容易に想像できます。

しかし、だからと言ってよそ者を排除するというのも唯我独尊的で良いことではありません。

そこで考え出したのが、お客さんには一定の協力金を払ってもらい、地元のボランティアガイドさんの案内のもとで各家庭の「カバタ」を見学してもらう、というシステムです。「針江生水の郷(しょうずのさと)委員会(電話 090-3168-8400)」がシステムの運用にあたっています。

たいへん意義あるシステムです。知恵者がいたんだなあと感心しました。

他方、針江にもそれなりに地元の問題があるという話も聞きました。

永遠の「カバタ」を期待しつつ、これからの進化、展開を見て行きたいと思います。