「シュゴシン(守護神)」というタンパク質

3月22日、第201回の生命科学フォーラムで「シュゴシン」の講演を聞きました。講師は東京大学分子細胞生物学研究所の渡邊嘉典教授です。すぐに成果が応用されて病気の予防や治療に役立つというものではありませんが、生物の体の最小単位である細胞が分裂する基本的謎に迫る基礎研究ということで、大変興味ある内容でした。そこで概略を紹介します(文責は私)。

 私たち人間はもとより生物は細胞でできています。その細胞は分裂を繰り返しています。

 生殖細胞をつくる減数分裂、それ以外の体細胞分裂の二種類がありますが、細胞が分裂する時に顕微鏡で見ていると、細胞の中央にDNAが整然とまとめられた染色体が見えるようになり、一列に並び、染色体が縦に均等に半分に割れて離れて行き、それぞれが別の細胞になります。

 生命の神秘としか言いようのない瞬間です。

 分裂して離れる前の染色体はX状になっています。Xの交点に当たるところには「動原体」があり、動原体にスピンドル微小管という紐のようなものがつきます。その時が来ると、いっせいに紐に引っ張られて染色体は二つに分かれて移動して行きます。それで分裂するのです。

 ところで、染色体は「縦に均等に半分に割れる」と書きましたが、それはとりもなおさず、半分に割れるまでは離れないように繋ぎ止められているということです。

 その接着をしているのはコヒーシンというタンパク質です。コヒーシンの接着を切るハサミになるのは、セパレースという酵素(タンパク質)です。染色体が分裂するタイミングが悪いと、正常な細胞分裂は行われません。

 そこで決定的な瞬間に染色体の正常な分離が行われるようにコヒーシンを守っているのが問題のタンパク質「シュゴシン」というわけです。

 シュゴシンは守護神からの命名です。英語の論文でも「Shugoshin」、守護神(A guardian deity)であることから命名と説明を付けて使っているそうです。いい話ですね。

 卵子をつくる細胞は、生まれたときすでに生涯の卵子すべてが、卵子完成に向かう途中段階にあります。精子は幹細胞から作られるのですが、卵子は違います。

 減数分裂は、体細胞と違って「還元分裂」と「均等分裂」の二段階で行われます(体細胞分裂は「均等分裂」のみ)が、女性は誕生の時に生涯を通じて排卵する卵子すべてが「還元分裂」終了の手前でストップした状態になっています。成人すると、排卵のつど一つが選ばれて成熟した卵子になるのです。

 この「還元分裂」の「還元分裂終了の手前でストップした状態」で染色体をつないでいるのはコヒーシン、守っているのはシュゴシンなのですが、「生き物は老化する」という宿命には逆らえません。

 これらのタンパク質は長い時間がたつとしだいに劣化します。劣化すると、いちばん良い位置で接着することができなくなり、「接着の減弱」が起きます。すると、染色体の整然としたX状態が不定形に崩れてしまうことなどが顕微鏡で観察されます。

 高齢出産では、ダウン症などの発生確率が上昇するといいます。30歳半ばから急上昇する傾向があります。原因となる染色体異常は、コヒーシンやシュゴシンの劣化と無関係ではないようです。

 また、がん細胞の分裂にも関係があります。がん細胞は分裂の間違いが繰り返されて増殖します。分裂の間違いの原因には、やはりコヒーシン、シュゴシンが関係しています。

 

 コヒーシンとシュゴシンの話ではありませんが、細胞分裂の時、細胞内に染色体が見えるようになってしばらくの間、分裂する細胞の中央付近でもぞもぞした動きが見えます。染色体の整列に時間がかかっているようで、まるで幼稚園の朝礼前のように見えます。

 整列で手間取っているのは、いったい何をしているのでしょうか。

 その疑問についても説明がありました。

 動原体にスピンドル微小管という紐が結合して二つに引っ張り分けると書きましたが、その連結が初めからうまく行くわけではないのです。縦に割れたら別々の方向に行くべき染色体を同じ方向に引っ張るスピンドル微小管が結合することがあります。

 この場合はスピンドル微小管に張力が働きません。するとオーロラキナーゼという酵素が現れ結合を外します。リン酸結合を切るのです。 これが繰り返されて全染色体が整然と並ぶと、初めて分裂にGoサインが出るということです。

 ヒトには60兆の細胞があるといいます。細胞をつくる過程で、その一つ一つの細胞のミクロの内部で、このような仕組みが生きている間、休みなく動き続けている――。

 生命って、すごいですね。