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「死刑にされたらたまらない」北朝鮮の若者たちが猛勉強を開始

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 北朝鮮の国会に相当する最高人民会議の第14期第8回会議で採択された「平壌文化語保護法」。韓流ドラマ、映画の影響を受けた若者の間で広まっている、韓国風の言葉遣いを取り締まるものだ。この法律では、韓国風の言葉遣いを次のように規定して、唾棄すべきものとしている。

「語彙、文法、アクセントなどが西洋化、日本化、漢字化し、朝鮮語の根本を完全に喪失したごった煮言葉で、この世に存在しないような汚らしく吐き気のするゴミのような言葉」

 この法律の制定に伴い、韓国風の言葉遣いに慣れきっていた若者たちが、必死で文化語(平壌の言葉をベースにした北朝鮮の標準語)を習うという珍光景が繰り広げられているという。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

 平安北道(ピョンアンブクト)の情報筋は、地元当局が平壌文化語保護法に基づき、平壌の言葉を生かしていこうと強調していると伝えた。ちなみに、平安北道と平壌は、同じ方言圏に属するため、地元の言葉と平壌の言葉にはさほど大きな違いはない。

 しかし、数十年にわたって韓流ドラマ、映画、バラエティ番組を見続けてきた人々の言葉は、かなり変化してしまっている。人々は、話の途中に韓国風の表現が口をついて出るかもしれない、処罰されるかもしれないとおそれ、熱心に平壌言葉の練習に励んでいるという。

 それも、「クレソ」(だから)ではなく「キレソ」、「アルゲンニ?」ではなく「アルガン?」などと、文化語ではなく、平壌や平安北道の土着の方言を使いこなそうと練習する有様だ。

 北朝鮮は、法施行初期に、違反者を重罰に処し見せしめにして、恐怖を煽るというやり方を多用する。RFAの報道によれば、平壌文化語保護法が定める最高刑は死刑。こんなことくらいで殺されてはたまらないと、人々は文化語や平壌方言の練習に励む。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 別の情報筋も、人々はかつて、友人のことを「トンム」と呼んでいたが、今では韓国風に「チング」と呼ぶようになったとし、「ファッション」、「ヘアスタイル」、「ワイフ」と言った韓国で使われる外来語も使っていると説明した。

 人々は、これらの言葉を使わないように熱心に平壌言葉を練習しているが、食糧難の中で、こんなくだらないことを行う当局への不満は高い。

「国境が封鎖されて餓死する人も増えてコメのことで頭がいっぱいなのに」(現地のデイリーNK内部情報筋)

 また、取り締まる側の安全員(警察官)や保衛員(秘密警察)、幹部やその家族が、韓流コンテンツの最大の消費者であることが知れ渡っているため、「体制を守るべき彼らがむしろ韓国映画やドラマにハマって、韓国風の言葉遣いを広めている」と、彼らのダブスタぶりにも不満が高い。

 しかし、情報筋は法律の実効性に懐疑的だ。

「韓国映画で見た韓国の暮らしぶりは幻想の世界そのものだった。韓国の言葉遣いを根絶するのは難しいだろう。当局はチュチェ(主体)性、民族性を強調するが、韓国風の言葉遣いは自由の象徴であり、アクセントも柔らかいからだ」

 実際、かつてはソウルと同じ京畿道(キョンギド)に属していた開城(ケソン)では、生粋のソウルっ子が使う言葉とほぼ同じ言葉を使うため、かつては疎んじられていたが、韓国といえばおしゃれでかっこよく、高級だというイメージを持たれるようになってから、羨ましがられるようになったという。

 言葉を取り締まったところで、韓流の影響を完全に除去できるわけではない。北朝鮮の人々は、韓国風の食文化など、一見して韓国のものとはわからない文化を取り入れるようになっている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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