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食糧確保のため庶民の畑を奪う金正恩と「10年前の悪夢」

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(板門店写真共同取材団)

 1990年代後半の北朝鮮を襲った未曾有の食糧危機「苦難の行軍」。人々は山を切り開き、「トゥエギバッ」と呼ばれる田畑を耕し、そこで育てた穀物や野菜で食いつなぎ、余剰作物を市場で販売することで現金収入を得た。

 まさに生命線であり、こうして生まれた資金が別の商売の資本になるなどして、北朝鮮の市場経済も発展した。

 ただ、北朝鮮は個人の土地所有を認めておらず、国の都合でトゥエギバッは何の補償もなしに奪われることもある。農業不振、食糧不足に苦しむ北朝鮮は、田畑にするための「新しい土地探し」運動を繰り広げているが、そのあおりで土地を奪われる人が続出していると、デイリーNKの内部情報筋が伝えた。

(参考記事:北朝鮮「陸の孤島」で響き渡る悲鳴…飢えた市民の禁断の行為

 昨年末の朝鮮労働党中央委員会第8期第4回総会での決定事項に基づき、「新しい土地探し運動」が活発に行われている。

 黄海南道(ファンヘナムド)では先月中旬から、道の山林経営委員会と国土環境保護局が、トゥエギバッの実態を調査し、没収を始めた。土地整理突撃隊を派遣し、山の中や河川敷にあるトゥエギバッを没収し、近隣の国営の食品工場や協同農場に帰属させる形で行われている。

 隣接する黄海北道(ファンヘブクト)でも同じような状況となっている。

 燕灘(ヨンタン)郡の五峰里(オボンリ)と文化里(ムナリ)では、土地整理突撃隊がブルドーザーを使って、トゥエギバッを有無を言わせず整地している。20人の住民は、抗議もできないままに、数十年間耕してきた田畑を取り上げられてしまったのだ。

 新しい土地を「探す」と称して、人々から土地を奪っているのだ。これが、私有財産が一切認められない北朝鮮の現実だ。

 ちなみに近隣の青丹(チョンダン)、白川(ペチョン)、延安(ヨナン)では2012年、当局が地域の食糧を根こそぎ挑発したために、多数の餓死者が発生している。その犠牲者は2万人にも達したと言われている。

 土地を奪われた人々は困り果てている。食糧難の中、トゥエギバッで生産される作物は、人々の食卓に上がり、命をつなぐ重要な役割を果たしてきたからだ。それだけではない。トゥエギバッの作物は、市場を通じて消費者に供給され、地域の人々の命をも支えてきた。

 都市、農村を問わず、食糧が底をついた「絶糧世帯」が急速に増加、一部では餓死者も発生しているが、今回のトゥエギバッの没収は、その傾向に拍車をかけかねないのだ。中央は、そんな地域社会の現状を知ってか知らずか、「新しい土地探し」に血眼になっている。

 その一方で土地を奪われた人々は、10年前をを思い出し、恐怖に震えているかもしれない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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