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北朝鮮「レザーの女王」が激しい責め苦に耐えて守ったもの

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 北朝鮮当局が、若い男性の間で流行しているレザーコートを取り締まっていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えている。

 RFAによると、首都・平壌郊外の流通拠点で、流行に敏感な平城(ピョンソン)の若い男性の間では最近、レザーコートが流行している。現地の情報筋の話では、流行のきっかけは、金正恩総書記が2019年にレザーコートを着て朝鮮中央テレビに登場したことだ。

 また、今年1月の朝鮮労働党第8回大会では、金正恩氏のみならず、妹である金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長、趙甬元(チョ・ヨンウォン)党書記、玄松月(ヒョン・ソンウォル)党宣伝扇動部副部長まで、レザーコートを着てテレビに登場した。これを受け、レザーコートは男性のみならず、力のある女性のシンボルとみなされるようになった。

 それを商機と見た商人たちが、合皮を用いたレザーコートを売り出し、これがヒットしたのだという。北朝鮮の人々の間では以前から、安価ながら高級感のある革製品や合皮製品が好まれてきた。生産の中心は平城で、国家科学院平城分院など研究機関の技術者らが業者に雇われ、指導してきたためと言われている。

 一時は、当局が技術者らの「副業」を取り締まろうとしたが、現地で「レザーの女王」と呼ばれた女性商人が、当局の激しい拷問にも技術者らの名前を白状しなかったというエピソードが残っている。

(参考記事:手錠をはめた女性の口にボロ布を詰め…金正恩「拷問部隊」の鬼畜行為

 そうしたこともあり、平城は今でも合皮製品の拠点であり続けているのだろう。深刻な経済難の中でもファッションに関心を示す北朝鮮の人々の姿勢は、苦しくとも「自分らしさ」にこだわる逞しさの表れだ。流行を支える商人たちの活動は、抑圧的な社会の中で、人々が「心の自由」を維持するのに貢献している。

 ところが最近、平城駅前と周辺の広場で安全員(警察官)が、レザーコートを着ている人を捕まえて、没収するようになったという。被害にあった若い男性たちが「自分でカネを払って市場で買ったものなのに、なぜ没収するのか」と安全員に抗議する事態となった。

 それに対して安全員は「最高尊厳(金正恩氏)のレザーコートを真似したものを着るのは、最高尊厳の権威に便乗しようという不純な行動だ」とし、着用者を取り締まれとする党の指示があったと明かしたという。

 北朝鮮当局は、国民が少しでも外国のファッションやヘアスタイルを真似ると、「非社会主義現象」だとして取り締まってきた。では一体、社会主義的なファッションとはどんなものか。最高指導者である金正恩氏のスタイルこそが、それを体現しているのではないのか。

 それを真似た人々のファッションを取り締まるとは、北朝鮮の掲げる「社会主義の理想」が、空虚どころか何の体系もないお題目に過ぎないことを自ら証明しているも同然だろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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