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射殺シーン見て公開処刑を想起…金正恩「イカゲーム」流入に緊張

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 米国のコンテンツプラットフォーム、Netflixが韓国発のドラマとして放映し、韓国のみならず全世界的に人気を集めている「イカゲーム」。北朝鮮は早速これに噛みつき、韓国社会批判に利用している。

 北朝鮮の対外宣伝ウェブサイト「メアリ(こだま)」は今月12日、「南朝鮮(韓国)社会の実像を暴露するテレビドラマ『イカゲーム』人気」と題した記事を配信した。以下、一部を紹介する。

最近、弱肉強食と不正腐敗が蔓延り、廃倫廃徳が日常化した南朝鮮社会の実情を暴露するテレビドラマ「イカゲーム」が放映され、視聴者の人気を集めているという。

テレビドラマ「イカゲーム」が視聴者の人気を集めたのは、極端な生き残り競争と弱肉強食が蔓延した南朝鮮と資本主義社会の現実をそのまま暴いたからだという。

(中略)

そのため、テレビドラマを見た人々は、経済的不平等が深刻な南朝鮮社会を背景にしている、就職、不動産、株など熾烈な競争の中で脱落者が大々的に増えているのが現在の南朝鮮社会だ、こんな社会で勝者になった者は敗者の死体の上に立っていることを記憶すべきだ、カネだけで人を評価する世の中で生きる現実が恨めしい、地獄のような恐怖という感想を述べているという。

南朝鮮の映画評論家たちは「イカゲーム」は現代の競争社会を最も象徴的に見せる、極端な競争を強いる今の社会と、その中で孤軍奮闘する人々の姿をシンプルな娯楽的要素として比喩しきったことが人々の共感を引き出したと述べている。

 この記事は北朝鮮国内にいる人は読むことができず、今のところ朝鮮労働党機関紙・労働新聞などには同様の論調は出ていない。いや、できないのだろう。

  引用では省略したが、記事では2段落に渡り、ドラマのあらすじに触れている。そのくだりを北朝鮮の読者が読めば、韓流の「隠れ熱狂ファン」である多くの北朝鮮国民の好奇心を刺激してしまうだろう。

 韓流取締法とも呼ばれる「反動的思想・文化排撃法」の下で、韓流の視聴や流通は死刑を含む極刑に値すると警告されている中でも、何とか手に入れて視聴しようという人が続出することは間違いない。

 内容に触れなくとも、タイトルを紹介するだけで好奇心を抱いてしまうのが、厳しい情報統制下に置かれた北朝鮮の人々の心理なのだ。

 南北朝鮮を舞台にしたラブコメディ「愛の不時着」があっという間に北朝鮮に上陸したことを考えると、「イカゲーム」が北朝鮮で広がるのも時間の問題だろう。ちなみに、愛の不時着」については、別の対外向けサイト「ウリミンジョクキリ(わが民族同士)」が、「虚偽と捏造に満ちた虚しく不順極まりない反共和国(北朝鮮)映画とテレビドラマ」などと批判している。

 さて、もし「イカゲーム」を北朝鮮の人が見たらどう思うのだろうか。全てではないにせよ、「わが国(北朝鮮)の現実が反映されている」と思うであろうことは想像に難くない。例えばゲームに失敗した者が射殺されるシーンに、公開処刑を想起したという脱北者もいるという。

(参考記事:「国民を肉体精神的に堕落させた」金正恩、女性社長を処刑

 主人公がヤミ金業者に追われる部分は、トンジュ(金主、新興富裕層)からの借金で首が回らない北朝鮮の農民の目には、まさに自分事として映るだろう。

 このように、「イカゲーム」には全世界の視聴者が感じているであろう共感を、北朝鮮の視聴者にも感じさせる部分が少なからず存在するのだ。こんなものを国民に触れさせれば、批判意識が育ち、体制の不安定化に繋がる。通常の韓流ドラマやバラエティより、当局にとってより脅威だろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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