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北朝鮮で拡散…金正恩「異変映像」に涙した国民の複雑なホンネ

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
2011年に金正日氏が死去した際、悲しみに暮れる北朝鮮の人々(写真:KRT/ロイター/アフロ)

北朝鮮国営の朝鮮中央テレビは25日に放映した平壌市民のインタビューで、金正恩総書記が最近、痩せたように見えることについて「おやつれになった」とする内容を伝えた。

インタビューは「国民全員が心を痛めている」などとしている。

金正恩氏を巡っては、6月以降に北朝鮮メディアが公開した映像や写真から、それ以前と比べ痩せたとの分析が各方面から出ている。とは言っても相変わらずの巨躯であり、顔の血色もよい。果たして「やつれた」というほどのものかは微妙だし、全国民が心を痛めているかも怪しい。

ただ、金正恩氏の「異変」を伝えるかのような映像が北朝鮮国内で出回り、それを見た少なくない国民がショックを受けたのも事実だ。

(参考記事:【動画】金正恩「死亡映像」が北朝鮮で拡散…当局厳戒、国民も緊張

昨年の春、金正恩氏の健康異常説が世界的に出回り、一部で「死亡説」までが飛び出したことは記憶に新しい。

その後、金正恩氏が公開活動に復帰したことで騒ぎは沈静化したが、同氏の体形からくる懸念もあり、健康状態に関する情報には常に高い関心が持たれている。

北朝鮮国内で出回った映像について、デイリーNKの内部情報筋は当時、次のように語っていた。

「朝鮮中央テレビの報道番組を模倣した動画が中国から入ってきたのだが、(金正恩氏が)現地指導の途上で急病により死亡したという内容が含まれている。これが社会問題となり、緊急点検と調査が進められている」(情報筋)

ここで述べられているとおり、問題の映像は出来の悪いフェイクだ。故金正日総書記の追悼式の映像を流用してそれらしく作られているが、北朝鮮のテレビ番組を見慣れた人ならすぐにわかる。それでも、中には不安が先に立って冷静になれず、「領導者が逝去されたというのは本当だろうか。我々はどうしたら良いのだ」と泣き出す北朝鮮国民もいたとのことだ。

だが、それが最高指導者に対する敬愛の念から出たと見るのは早計だろう。

金正恩氏は、北朝鮮における圧倒的な独裁者だ。その良し悪しに関わらず、国のかじ取りが彼の手にかかっているのは厳然たる事実なのだ。

ただでさえ経済的困難の只中にある北朝鮮が、突如として指導者を失ったら、どれほどの混乱に見舞われるか想像するのも難しい。当事者である北朝鮮国民としては、背筋も凍る思いだろう。

北朝鮮国民の多くはより自由な暮らしを望んでいると信じるが、それを実現する代償として、混乱を甘受できるかは別問題だ。金正恩体制の独裁は、国民のそうした迷いに付け込むことで成立している部分もあるのではないだろうか。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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