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「愛猫を助けたかった」金正恩命令に逆らったある一家の悲劇

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

新型コロナウイルスに対して、「病的」なほどの恐怖心を示す北朝鮮。不確かな情報による対策を行う事例がしばしば報告されている。その一つが猫の抹殺だ。

「ウイルスを持ったまま国境を越えて中国からやってきて国内で広めかねない」との理由で野良猫に対して抹殺令を下す一方で、ペットとして飼われている猫に対しても、殺処分を行うように指示を下した。

その結果、ネズミが増える結果をもたらしたという。ローマ教皇インノケンティウス8世が1484年、猫はサタンの化身で汚れた存在だと宣告したことで、猫の虐殺が行われ、のちのペスト大流行の遠因となったと言われている。中には飼い主まで魔女扱いされ処刑された事例もあったとのことだが、それから500年以上経った21世紀の北朝鮮で、当時の悲劇を想起させるような出来事が起きた。

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋は、恵山(ヘサン)市中心部の城後洞(ソンフドン)の自宅で、密かに猫を飼っていた40代のチェさんの一家4人が、20日間の隔離処分を受けたと伝えた。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

一般的に、北朝鮮での自宅隔離は、玄関に「隔離」と書かれた紙を貼り付けて封印、外出はおろか、外部とのやり取りを一切禁じるという厳しいもので、食糧支援も受けられず、餓死する人もいるほどのひどいものだ。

以前から猫を飼っていたチェさん一家は、飼育禁止令に対して「死んだ」とウソの報告を行い、密かに飼い続けていた。ところが今月22日、その飼い猫が戸外に出てしまった。そして運悪く、国境線に張られた鉄条網の近くを歩いていたのを兵士に見つかってしまった。

兵士は猫を追いかけたものの逃げられてしまったが、その逃げ込んだ先がチェさんの家だったことで、猫の飼育がバレてしまったというものだ。

猫はどこかへと連れ去られ、チェさん一家は自宅ではなく、施設での隔離を言い渡された。治療薬はおろか、まともに食事も出されず、収容者はコロナではなく、栄養失調などでバタバタと死んでいるという劣悪極まりない環境だ。もしかすると一家は、猫同様に二度と戻ってこれない可能性もある。

近隣住民は呆れた様子で「(水が嫌いな)猫が川を渡って中国と行き来しているわけがない」と、口々に当局のやり方をバカにしているとのことだ。

しかし、北朝鮮の新型コロナ対策は金正恩総書記が自ら指揮しており、あらゆる防疫措置は「金正恩命令」も同然だ。国境を守る兵士たちは、人間はもちろん野生動物であっても国境を侵犯する者は銃撃せよとのコロナ対策の命令に従い、中国から飛んできた鳥を射撃したり、野良猫を捕まえたりするなどの作業を続けているという。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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