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闇に潜む殺人者…金正恩「豪華住宅」現場で犯罪多発

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮の金正恩総書記が今年3月に打ち出した「平壌市1万世帯住宅」建設計画。市内を流れる川のほとりに高級ヴィラ風の豪華住宅を建てるなどして、国家の功労者に報いようというものだ。

コロナ鎖国が完全に終了していないモノ不足が深刻な中でも、多くの物資、人員を投入して大々的に工事が進められているようだが、国営メディアでの報道はさほど多くない。

公式な報道はなくとも、その陰で様々な出来事が起きているとの情報が漏れ伝わっている。その一つが、建設現場周辺での犯罪の増加だ。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の情報筋は、近隣住民が夜道を歩けないほど治安が悪化していると伝えている。北朝鮮が経済難に陥る度、こうした現象が繰り返されてきた。

(参考記事:美女2人は「ある物」を盗み公開処刑でズタズタにされた

その現場は、平壌市郊外の東大院(トンデウォン)区域の小龍洞(ソリョンドン)、寺洞(サドン)区域の休岩洞(ヒュアムドン)周辺だ。一時は国営メディアが頻繁に取り上げ、外国人観光客も訪れていた美林(ミリム)乗馬クラブのある地域だ。

建設現場には、多くの建設部隊の兵士と、半強制の建設ボランティア部隊の突撃隊の隊員が多数送り込まれているが、小龍洞の現場では数日前、複数の突撃隊員が夜道を歩いていた女性を襲い、金目の物をすべて強奪する事件が起きた。また、休岩洞でも、男性が突撃隊員のグループに暴行され、現金を奪われる事件が起きた。そして、ついに人の命が奪われる事件が起きてしまった。

別の情報筋によると、労働節の今月1日、夜遅くまで友人と遊び、帰宅途中だった50代男性が、休岩洞の建設現場のそばで姿を消し、翌日に遺体となって発見され、地域住民に衝撃が走っている。

この男性は、元々この地域に住んでいたが、1万世帯住宅建設に伴い立ち退きを余儀なくされ、少し離れたところに住む兄の家に仮住まいをしているが、建設現場付近で強盗が多発しているとの噂を耳にしていたのに、久々の休みとあって遅くまで友人との時間を楽しみ、一人で夜道を歩き、事件の犠牲となってしまった。

情報筋が伝える現地の空気は次のようなものだ。

「小龍洞の線路周辺にあった住宅がすべて取り壊され、帰宅するにはそこを通る人々は安全のために少なくとも4〜5人がまとまって歩かなければならない」

被害者や近隣住民は工事関係者に抗議しているが、何の措置も行おうとしていないという。兵士や突撃隊員が強盗に走る原因は極めて単純、空腹だ。

当局は、大規模な工事を行うにあたって兵士や突撃隊員を大量に動員するが、毎度のように補給を軽視する。一例を挙げると、金正恩氏が大々的に進めている両江道(リャンガンド)三池淵(サムジヨン)市の再開発工事の現場で働く突撃隊員には、トウモロコシのカスだらけのご飯に、塩漬けの大根、味噌しか与えられず、栄養不足で充分に働けない状況となった。

状況の酷さを報告された朝鮮労働党三池淵市委員会は、地域の女性たちに料理と現金を供出するように命令、強い不満を生んだ。

完成が遅れている平壌総合病院の建設現場周辺では昨年5月、現場で働いていた建設部隊の兵士による窃盗、強盗事件が多発し、中には家に押し入り特殊ガスを散布、住民が抵抗できないうちに金品を奪うという恐るべき事件まで起きている。

「建設労働者たちが空腹に耐えかねて、強盗集団になりつつあり、住民は恐怖に震えているが、そんな状況に背を向けて1万世帯住宅建設を党大会の決定貫徹のための初年の重要課題だと言って、総突撃を叫ぶ当局の速度戦政策に住民の恨みが日々高まりつつある」(情報筋)

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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