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金正恩が憎悪した「清純派女優」の悲惨な運命

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

北朝鮮の「禁断映像」排撃(1)

北朝鮮の金正恩総書記は1月に開かれた朝鮮労働党第8回大会で、「社会生活の各分野で現れているあらゆる反社会主義的・非社会主義的傾向」を断固阻止すると宣言した。「非社会主義的」とは、北朝鮮当局が「社会主義らしくない」と考えるあらゆる事物を指す言葉だが、最近では韓流ドラマなど海外の映像作品が代表格とされているように見える。

ただ、過去に北朝鮮当局が行ってきた取締りの事例を見ると、摘発の対象となるのは必ずしも海外作品に限られない。むしろ国内で制作された、ある特定の性格を帯びたものの方が、政治的にいっそう厳しい扱いを受けることがある。

北朝鮮の最高人民会議常任委員会は昨年12月4日の第14期第12回総会で、「反動的思想・文化排撃法」を採択した。韓流はじめ海外情報の流入を厳しく取り締まるためのものだが、韓国デイリーNKが入手した同法の説明資料によると、次のような行為も禁止の対象になっている。

「閲覧が禁止された映画、録画編集物、図書の視聴、保管」

こうした項目は、ほかの資料でも見たことがある。デイリーNKジャパンは2018年、「コンピュータに入力してはならない電子ファイル目録」と題された北朝鮮の内部文書を入手した。2015年5月の日付が入ったもので、内容は視聴が禁止された映像・音楽・ソフト類を列挙したものだ。タイトル数はざっと300以上にもなり、その多くは、体制に「有害」と見なされた俳優が出演しているものだ。

代表的なのが、2007年にカンヌ映画祭でも上映された北朝鮮映画「ある女学生の日記」に主演した「清純派女優」のパク・ミヒャン氏だ。

(参考記事:【写真】北朝鮮の「清純派女優」はこうして金正恩に抹殺された

彼女の夫の父である元駐スウェーデン大使のパク・クァンチョル氏は、2013年に金正恩氏が叔父の張成沢(チャン・ソンテク)元朝鮮労働党行政部長を処刑した際、「張成沢一派」と見なされて粛清された。

パク・ミヒャン氏も、夫や幼い息子とともに、政治犯収容所に送られてしまったという。

こうして張成沢氏に連座させられ、粛清された人々の数は1万人に上るという。同氏に対する金正恩氏の憎悪は異常とも言えるほどのもので、その関係者と見なされた人々も、金正恩氏の凄まじい憎しみの対象になったのだ。

その中には北朝鮮の大人気映画で、海外でもよく知られている『洪吉童(ホンギルトン)』のヒロインもいた。これまた「清純派女優」であるパク・チュニ氏は、張成沢氏の甥である張ヨンチョル元駐マレーシア大使の妻だった。彼女自身は処刑を免れたものの、収容所に送られたとも、山間僻地に追放されたとも言われている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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