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「奪われるなら全て燃やす」国家に“反逆”した北朝鮮女性の末路

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮第2の都市、咸興(ハムン)で今月初め、公開裁判を行うとの布告が出された。「誰それの公開裁判を行うので、成川江(ソンチョンガン)の堤防に集合せよ」という布告に従って集まった市内の人民班長(町内会長)、沙浦(サポ)市場の商人ら。そこに引き立てられてきたのは、地元で有名なヤミ両替商の女性だった。

彼女がいかにして裁判にかけられることになったのか。現地のデイリーNK内部情報筋によると、その経緯は次のようなものだ。

50代女性のキムさんは、リュックに外貨紙幣を詰めて市内を回りながら両替をする、地元では有名なヤミ両替商で、一財産築いたと言われている。

キムさんは先月中旬、沙浦市場にやってきて、いつものように密かに北朝鮮ウォンを米ドルに両替しようとしたところ、保安員(警察官)に摘発された。「何かの間違いではないか」キムさんはそう思ったかも知れない。

当局は、深刻化する外貨不足の打開のために、17年ぶりに公債を発行すると同時に、外貨で公債を買わせるために、外貨の使用を禁止する措置を取り、ヤミ両替商を取り締まる方針を示した。

キムさんは、おそらく地元の保安署(警察署)や保衛部(秘密警察)などに多額のワイロを渡していたか、バックに地元の党の大物を付けていたはずだ。そうでなければ、財産を築けるほど長年、両替商を営むことはできなかっただろう。

しかし、新たに登場した両替商取り締まり班「1118常務」は、容疑者を別の地域の保安署に勾留して取り調べるなど、癒着で手心を加えられることを避ける仕組みを取っている。さすがのキムさんも、それには気づかずお縄になってしまったものと思われる。

取り締まりの過程で、キムさんは手持ちの外貨を奪われまいと激しく抵抗し、保安員の顔をひっかき、大立ち回りを演じた。

保安員は、キムさんをようやく抑え込み、家宅捜索を行うために連行した。怒りが収まらないキムさんは、ガソリン缶とライターを手に持ち、紙幣が詰め込まれた25キロの麻袋を目の前に置いた。そしてこう叫んだ。

「カネを奪われるくらいなら、燃やしてやる!」

ところが、この一連の抵抗が予想を遥かに超える大問題となってしまった。

公開裁判で読み上げられたキムさんの罪状は次のようなものだ。

(1)個人間の両替禁止方針に背いた罪

(2)保安員の業務遂行を妨害した罪

(3)金日成主席、金正日総書記の肖像画がかけられた家を燃やそうとした反逆罪

これにはさすがのキムさんも震え上がったに違いない。

国中のありとあらゆる建物に掲げられている金日成、金正日両氏の肖像画は、人間の命より重要視されている。たとえ事故であっても、破損させることは許されない。しかし、まさかそこに目をつけられ、反逆罪をなすりつけられるとは、さすがのキムさんも予想だにしなかっただろう。

反逆罪には死刑もありうるが、キムさんに下された判決は無期懲役。人々が見守る中、足かせをつけられたキムさんは車に乗せられどこかに消えていった。反逆罪は政治犯であることを考えると、管理所(政治犯収容所)送りにされた可能性がある。

(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

当然ながら、財産はすべて没収されたことだろう。情報筋は、咸興市民の間から漏れ聞こえたこんな本音を伝えた。

「政府はカネがないから、両替商の取り締まりを抜き打ちでやるのだ」

「こんな政治こそが、民心に背いている」

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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