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最新病院の建物崩壊も…金正恩「コロナ対策」の危なさ

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮の金正恩党委員長は3月17日、新しく建設される平壌総合病院の着工式に参加し、自ら鍬入れを行った。同氏はこの場で行った演説で次のように語り、同病院建設への並々ならぬ熱意を示した。

「私は、党が一番重視し、一番関心を払っているこの対象建設を、私が一番信頼している建設部隊である近衛英雄旅団と8建設局に任せることにし、もともとは予定されていませんでしたが、着工の鍬入れをするみなさんを戦闘的に鼓舞激励するためにこの着工式に参加したのです」

しかし、金正恩氏のこの熱意が、周囲の人々に不吉な予感を抱かせている。デイリーNK内部情報筋は、「短い工期に無理やり間に合わせるため、手抜き工事になる可能性が高い」との懸念を伝えてきた。

(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故

金正恩氏が指示した病院の完工期限は、朝鮮労働党の創建75周年を迎える日――今年の10月10日である。つまりは着工から完成まで半年ほどの時間しかないのだ。建設計画の規模は詳らかでないが、金正恩氏自身が演説で「建設目標は非常に膨大で、建設の期限は迫っている」と述べている。

金正恩氏がこの時期に病院建設を急ぐ理由は、党創建75周年に合わせて自身の業績をもうひとつ積み上げるのと同時に、新型コロナウイルスの脅威に直面したこの時期に、「国民の健康を願う指導者」をアピールするためだろう。つまり、ウイルス感染症から体制の安定を守るための切り札でもあるわけだ。

しかし、何しろ工期が短い。コンクリートは、打設か一定期間を養生に当てることで所定の強度に達するという。特に、北朝鮮のような寒く乾燥した気候では養生の期間や手間は余計にかかる。

つまり、工期に無理やり間に合わそうとして養生をきちんとしていないコンクリートを使って建てた病院の建物には、深刻な問題が生じる恐れがあるということだ。

平壌の平川(ピョンチョン)区域では2014年、完成から間もないマンションが突如として崩壊し、多くの人が生き埋めとなり命を落とす大惨事が起きている。またそれ以外にも、平壌市内の様々な建物が、品質を度外視して何らかの記念日に合わせて無理やり工期を短縮する「速度戦」により建てられており、崩壊の危険性を抱えていると言われている。

金正恩氏も、「速度戦」の弊害には気づいているようで、演説で次のように言っている。

「急を要するからといって施工の質を落としたり、質を高めるからといって速度を緩めるのはいずれも党の思想と要求に反することであり、これはわれわれの言う『速度戦』とは縁もゆかりもありません」

しかしこのように言いながら、わずか6~7カ月で巨大な病院を完成させよと厳命するのだから、単に無理難題を吹っかけているだけにしか見えない。

もっとも、建物が完成し、金正恩氏を迎えて竣工式を行ったとしても、それで病院が開業できるわけではない。金正恩氏の実績を誇示するために、外見だけを完成させ、中身はすっからかんということはよくあることだ。

例えば、2015年に金正恩氏が参加して竣工式が行われた白頭山英雄青年発電所だが、それからダム壁の崩壊が起きるなど1年以上経っても稼働できない状態が続いた。その後ようやく稼働を始めたが、充分な発電ができていないと伝えられている。このような見掛け倒しの新築巨大廃墟は枚挙に暇がない。

よしんば平壌総合病院が問題なしに予定通り完成したとしても、内装工事を終え、医療設備を整え、実際に運営できるようになるには1年以上かかるかもしれないと、情報筋は見ている。

本当にそうなるなら、建物だけを無理して10月10日までに完成させたところで何の意味もない。たとえ完成はもっと後になろうとも、より完璧な病院を誕生させた方が、指導者として立派な実績になると思うのだが。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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