金正恩の処刑命令から甥っ子を救った女の意地

金正恩夫妻とモランボン楽団(朝鮮中央テレビ)

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妹である金与正(キム・ヨジョン)党中央委員会第1副部長は22日、談話を発表し、トランプ米大統領が金正恩氏に親書を送り、ウイルス感染症に対する防疫問題で協力を申し出たことを明らかにした。

金与正氏はまた、両首脳の個人的関係が維持されていることを歓迎するとともに、親書を送ったトランプ氏に対する謝意を表明した。だが、談話の中で特に目を引いたのは次の一節である。

トップ女優の「甘い汁」

「個人的な考えを言えば、両首脳の親書ではなく、両国に力学的に、また道徳的に平衡が維持され、公正さが保障されてこそ両国関係とそのための対話についても考えてみることができるであろう」

これはつまり、米国が諸外国とともに制裁で北朝鮮を圧迫する状況下では、対話の進展は難しいとの立場を示した言葉だが、敢えて「個人的な考え」を強調した点が注目される。

いくら最高指導者の妹であるとはいえ、北朝鮮の権力機構の中で、金与正氏は本来なら米朝関係についてコメントを出す立場にはない。それでも彼女の名義でこのような談話が出たのは、北朝鮮の体制はあくまで金日成主席を始祖とする「白頭の血統」のものであることを強調し、あわよくばそれを米国に認めさせようとの思惑からではないだろうか。

今年1月、金正恩氏ら兄妹の叔母である金慶喜氏が久しぶりに公式の場に登場したのも、「白頭の血統」の結束を内外に示すことがねらいだろう。金慶喜氏は2013年12月に国家転覆陰謀罪で処刑された張成沢(チャン・ソンテク)元朝鮮労働党行政部長の妻で、約6年ぶりに健在が確認された。

金慶喜氏の再登場を受けて、ある興味深い情報が聞こえてきた。発信者は脱北者出身で、韓国紙・東亜日報の敏腕記者であるチュ・ソンハ氏だ。

チュ氏が自身のブログで伝えたところでは、金慶喜氏は夫が処刑された後、その罪に連座させられて連行された彼の一族を、文字通り「死の淵」から救い出したのだという。

北朝鮮では一族の長が政治犯になれば、連帯責任を取らされ、家族、親族もろとも地方に追放されるか、収容所に送られる。張成沢氏を巡っても、姉(張桂順)と夫の全英鎮(チョン・ヨンジン)駐キューバ大使、甥の張勇哲(チャン・ヨンチョル)駐マレーシア大使らは本国に召還され、処刑されている。また張大使の2人の息子も含めて直系の親族は全員、処刑されるか収容所に送られるかしたと考えられてきた。

しかしチュ氏によると、このうちの多くの人々は、実際には連行から間もなく元の居住地に復帰した。一部の重要人物や、張成沢氏の愛人だった元トップ女優ら「甘い汁」を吸っていた何人かは処刑されたようだが、張大使とは別の甥たちをはじめ、ほとんどは金慶喜氏の配慮により難を逃れたのだという。

(参考記事:【写真】女優 キム・ヘギョン――その非業の生涯

国家転覆陰謀罪に問われたということは、北朝鮮では文字通り、最高指導者の「敵」と見なされる。そこに連座させられた人々の助命など、「白頭の血統」のメンバー以外には出来はしない。いや、たとえメンバーであっても、怒り狂う最高指導者に嘆願するのは簡単なことではないだろう。

しかし金慶喜氏からすれば、張氏の一族は長きにわたり、彼女の家族だった人々だ。可愛がってきた夫の甥やその家族らを、見殺しにするのは忍びなかったのだろう。

北朝鮮からは、権力者が誰かを殺したという話はいくらでも聞こえてくるが、救ったというエピソードはなかなか伝わってこない。金与正氏もいつか叔母のように、そんなエピソードの主人公になるのだろうか。