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「公開銃殺」でも効果なし…北朝鮮が情報流出防止に苦慮

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮当局が頻繁に行っている政治講演会。金正恩党委員長や朝鮮労働党が示した政策、それを達成するに当たってすべきこと、その他の様々な問題を庶民に伝える思想教育の場だ。

だが、居眠りしたり、ワイロを払って代返を頼んだりする人が人が続出する。代わり映えのない中身で、時間の無駄だと考えられているからだ。

その場で配られるのは、講演内容をまとめたレジュメの講演提綱だ。今までは紙に印刷したものを配布していたが、最近では様子が変わりつつあると、北朝鮮事情に明るいデイリーNKの情報筋が伝えてきた。

最近行われた講演会では、講演提綱のファイルが保存されたUSBメモリを担当者が持参し、パソコンに差し込んでファイルの中身を参加者に見せる方式が取られた。情報筋が説明した理由は次のようなものだ。

「かつて、講演提綱は紙で配られていたので外部に流出する事件が多かったので、このようにしたようだ。紙を配ると参加者が携帯電話で隠し撮りして外部に送ってしまうので、USBメモリに保存する形にした」

講演提綱には、当局が国内外の状況をどのように捉えているか、国内でどのような出来事が起きているかなどが、詳しく書かれている。例えば、米朝間の対話が進んでいる状況でも、講演提綱には「米国を信じてはいけない」「核開発を進める」などと書いてある、といった具合だ。

これが海外に知られると当局としては都合が悪い。だから講演提綱は決して漏れてはならないものなのだが、頻繁に流出してしまう。北朝鮮当局の意図が外部にだだ漏れになってしまうことから、当局は対策に苦心してきた。

講演内容を書き留めることを禁止する措置も取ってみたが、これではせっかく話した内容を覚えて帰ってもらえない。お決まりの「公開銃殺」を含めた厳罰で対処してみたものの、一向に減る気配がない。ちょっとしたものでも高値で売れるからだろう。

(参考記事:機関銃でズタズタに…金正日氏に「口封じ」で殺された美人女優の悲劇

講演提綱は輸送が面倒だという理由もある。講演提綱は、中央党(朝鮮労働党中央委員会)の宣伝煽動部や、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)総政治局が印刷して、各地に配布するが、輸送の過程で破損、盗難が起こりうる。

今年7月、平壌市内の路上で、人民内務軍(民兵組織)8総局所属の兵士が持っていた講演提綱が、別の部隊の兵士に破られる事件が起きている。そこで、当局は紙の講演提綱は管理が面倒なので、USBメモリが良いと判断したようだ。

ただ、紙からUSBメモリへの全面的な切り替えが行われているわけではない。それは、USBメモリも紙同様に流出する可能性があるからだ。

実際、ある幹部の子どもが、講演提綱の保存されたUSBメモリに映画のデータを保存して友人に渡したが、それが複数の人の手を経て、他に流出してしまう事件が発生している。

この事件のせいで当局者の間では『USBメモリの方が紙より流出しやすい』との話が出ており、内部資料を意図的に流出しようとしなくても、事故で流出してしまうことが多いとの懸念が示されたのだという。

講演提綱は講演会終了後、講演会が開かれた単位(職場)の政治部や宣伝部で保管し、数カ月後に当局が回収することになっている。

そもそも、USBメモリは、北朝鮮では固く禁じられている韓流ドラマ、映画の流通、視聴に広く使われている。小さくて取り締まりを受けても隠すことが容易だからだ。逆に言うと、内部情報を国外に持ち出すにも適しているということだ。

前述したとおり、講演提綱の流出は携帯電話によって行われるが、それならばなぜ政治講演会に携帯電話の持ち込みを禁止しないのだろうか。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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