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北朝鮮の要人らを襲う「謎の交通事故」に暗殺計画の疑い

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮の国境警備隊の保衛部長(部隊内の秘密警察トップ)が交通事故で死亡した。その後、数々の疑問点が浮上、「事故を装った殺人ではないか」との噂が立ち、当局が調査に乗り出したと、両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

亡くなったのは、国境警備隊25旅団の50代の保衛部長だ。彼は、25旅団の252連隊の保衛部長を勤めてきたが、先月初めに25旅団の保衛部長への栄転が決まった。15日ほどの引き継ぎ作業を終え、25旅団の指揮部(本部)がある恵山(ヘサン)に向かっていた途中で、交通事故に遭い、死亡した。

「走り屋」金正恩氏の危険度

北朝鮮は非常に道路事情が悪い上に、ドライバーの運転マナーもいいとは言えず、各地で事故が多発している。特に、山間地の両江道では事故が多い。

しかし、今回の事件はどうも様子が異なるようだ。車には保衛部長以外にも運転兵など3人が同乗していたが、いずれも怪我すらしていないというのだ。

旅団と連隊の指揮部は、単純な事故ではなく「誰かの陰謀により意図的に殺害された可能性がある」と見て、事故当日に車を運転していた運転兵、その他同乗者、側近に至るまで取り調べを行っているが、今のところ何もわかっていないと情報筋は伝えた。

「交通事故を装った暗殺」という噂は、北朝鮮で非常によくあることだ。

例えば、官僚機構のトップに君臨する朝鮮労働党組織指導部の第1副部長ら3人が、2010年から2011年にかけての9ヶ月間に相次いで死亡したが、そのうちの一人、2010年6月に交通事故で亡くなった李済鋼(リ・ジェガン)氏を巡っては、後に処刑された張成沢(チャン・ソンテク)元党行政部長の政敵だったこともあり、「交通事故を装った暗殺ではないか」との噂が立った。

その張成沢氏も2006年9月に交通事故に遭い、5ヶ月の入院生活を余儀なくされている。それ以外にも、金養建(キム・ヤンゴン)氏、金容淳(キム・ヨンスン)氏など、要人が交通事故で死亡した例は枚挙に暇がない。前述の通り、劣悪な道路事情や乱暴な運転などによる単純な交通事故であった可能性もあるが、このような交通事故の多発が「実は暗殺だった」説の根拠になっている。

ちなみに、金正恩党委員長は「クルマ好き」として知られ、「走り屋」であるとの噂も聞こえる。前述した幹部らが暗殺されたのではなく、本当に事故死だったとしても、金正恩氏は彼らと同様のリスクの中にいるとも言える。

(参考記事:金正恩氏の「高級ベンツ」を追い越した北朝鮮軍人の悲惨な末路

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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