制裁不況が誘発した北朝鮮「松の実」争奪戦の過激度
松の実――日本ではさほど馴染みのないものだが、それは松の実が多く取れるチョウセンゴヨウの木が多くないことと関係していると言われる。一方で、チョウセンゴヨウの多い朝鮮半島や中国東北で、松の実は漢方薬としても食材としても広く使われている。
松の実の収穫時期を迎えた8月、北朝鮮各地の松林で松の実争奪戦が起き、死者が出るほどの事態となっていると、両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
中国との国境に面した金正淑(キムジョンスク)郡に住む40代のカンさんは、今月12日午後5時ごろ、酒を一杯ひっかけた後で「松の実を取ってくる」と山に入っていった。
ところが、いつまで経っても帰ってくる気配はなく、夜になって大雨が降り始め、家族は心配し始めた。
翌朝。見知らぬ男がカンさんの家族を訪ねてきた。カンさんが松の実を盗もうとして警備員に摘発され、暴行を受けた。カンさんの顔は見分けがつかないほど腫れあがり、大雨の降る中で木にくくりつけられ一晩中放置されたというのだ。
その話を聞いて家族は大慌てで山に入り、カンさんを探し出したが、すでに虫の息だった。郡の病院に運ばれ、治療を受けているが、意識不明の重態となり「いつ目を覚ますかわからない状況」(情報筋)となっている。
苦しい生活の足しにしようと山に入っただけなのに、半殺しの目に遭わされたことに、家族は怒り、朝鮮労働党金正淑郡委員会に問題提起を行った。その訴えが取り上げられたかは今のところ不明だ。
(参考記事:「訴えた被害者が処罰される」やっぱり北朝鮮はヤバい国)
松の実の収穫時期を迎え、現地では同様のトラブルが頻発している。
カンさん以外にも、警備員に暴行される人が続出しており、カンさんが病院に搬送されたときには、同じように暴行されて意識不明に陥った2人が入院していた。中には暴行されて死亡する人も、回復しても障害を抱えている人もいると情報筋は証言した。
その背景には、制裁不況がある。
核、ミサイル実験を繰り返した北朝鮮に対し、国連安全保障理事会は制裁決議を採択した。それにより、石炭や海産物といった主力製品の輸出が概ねストップし、国内は深刻な外貨不足に陥った。
その解消のために、合法・非合法のありとあらゆるアイテムが輸出されるようになった。その中でも人気を集めているのが、松の実なのだ。
松の実がなる松林を管理しているのは、市や郡の山林経営所に所属する山林監督員だ。この山林監督員が「松林の王」として君臨している。自らが管理する松林の松の実採集権を、多額のワイロと引き換えに外貨稼ぎを目論む貿易会社や工場、企業所に売り払っているのだ。
そんな山林監督員の目が及ばない山奥の松林には、松の実を取って市場や貿易会社に売って生活の足しにしようという一般住民が殺到した。ところが、制裁による外貨不足が深刻さを増し、山林監督員はそういう松林の採集権も売り払うようになった。
松林では境界線を巡りトラブルが多発し、窃盗も起きていることから、採集権を買い取った企業は、警備員を雇って松林を守っているのである。